【高い年収=お金持ち?問題】お金が手に入ればすべてが解決するわけじゃない理由

2019年5月14日

このブログを読んでくれてる人の多くはお金が大好きで、「なんとかお金持ちになりたい!」と考えている人だと思う。もちろん僕もお金は大好きだ。

若い頃にはお金さえあればすべての悩みや苦しみから解放されると心底思っていた。お金持ちにさえなれば、あらゆる問題が解決され、毎日ハッピーに暮らせると思っていた。しかし最近は「それはちょっと違うかもしれないな…」と思いはじめている。

 

世の中にはお金には不自由していないけれど、他のところで随分不自由な想いをしているという人がいるものなのだ。若い頃の僕にはそういう人がいるなんて、これっぽっちも考えていなかった・・・

僕の妻の知り合いにお医者さんの家に嫁いだ人がいる。その病院は地元でも有名な病院。院長はまだ40代の若さ。父親の跡を継いでその病院の院長に就任した。もちろん大金持ちだ。

 

おそらく年収ベースで見たら、僕やみなさんの年収(具体的にはみなさんの年収は知らないのだけれど)の10倍ぐらいはあるのではないだろうか。もちろん奥さんが乗ってるクルマは高級外車のベンツだ。僕が暮らす街の一等地に新築の大豪邸を建て、そこで家族と一緒に暮らしている。

僕の妻がその奥さんは学校のPTAを通じて知り合いになった。「グッチ」と「しまむら」、「プラダ」と「ユニクロ」ぐらいの差があるうちの妻とそのお医者さんの奥さんだけど、なぜかいつも気にかけてもらい、時々ランチに誘われるようになった。

 

そこでうちの妻はその奥さんから「お医者さんの妻でいることがいかに大変なことであるか」とか、「大きな病院の跡取り息子でいることの巨大なプレッシャー」についての話を聞かされたそうだ。その奥さんは深刻な『嫁姑問題』を抱えていた。

なんでもご主人には弟さんがいて(その弟も同じ病院で医師として働いている)、お姑さんがその弟さんのお嫁さんばかりを可愛がって依怙贔屓するらしいのだ。そのことでその奥さんは毎日、塗炭の苦しみを味わっていると・・・

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「年収」という名の魔術に気をつけろ

なぜ僕は今、こんな話をここでしているのだろうか? それは言うまでもなく、『お金さえあればすべてハッピーにうまくいくというわけではないのだよ』ということをみなさんにわかっておいてもらいたかったのだ。

年収が高い順に幸せになってゆく。年収が上がるたびに問題も一つ一つ解決されてゆく

 

どうやら世の中はそんなふうにはなっていないらしいのだ。昔の僕はそういうふうには世の中を見ていなかった。昔の僕はとにかく『お金』がすべての基準だった。もっと具体的に言うと、「年収がすべて」のタイプだった。

どんな形であれ、自分のフトコロにお金が入ってくればいい。そうすれば今、自分が抱えている悩みや苦しみから解放されるはずだ。

昔の僕は単純にそう考えていた。おそらくみなさんもそう考えているのではないだろうか。その嫁姑問題で苦しんでるお医者さんの奥さんも最初はそう思ってそのお医者さんと結婚したのではないだろうか。ところが現実は違ったのである。

現実はそこには塗炭の苦しみが待っていたのである。深刻な悩みが待っていたのである。

 

おそらく(これは僕の勝手な想像なのだが)、その奥さんはそのご主人と結婚するときにそういった苦悩を自分が抱えることになるなんて想像していなかったのではないだろうか・・・?

僕はサラリーマンをしていた頃、モーレツ社員よろしく朝から晩まで働きづめだった時期がある。歩合制だったので頑張って成績を上げれば上げるほど給料やボーナスは増えていった。やっぱり源泉徴収票に記載されるお金の額が増えることは単純に気分がいいことだ。

それはある種の快感を伴う行為だった。

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僕が自律神経失調症になった理由

だから僕はがむしゃらに頑張った。目の前のノルマを達成するために死ぬほど仕事をした。仕事のことしか頭になかった。数字を上げることが人生のすべてだった。その他のことはその頃の僕の人生にとっては「どうでもいいこと」だった。

そして実際に僕の年収はどんどん増えていった。源泉徴収票の数字もグングン増えていった。その結果何が起こったか? その結果どうなったか?

僕は心の身体のバランスを崩し、自律神経失調症を患うことになってしまったのだ。

 

数字をいくら達成しても、毎日イライラのしっぱなしだった。ちっともハッピーじゃなかった。「何かがおかしい・・・」。僕は20代後半になってようやくそのことに気がついた。そして自分がこれまでやってきたことを振り返り、自分の考えを見直すようになっていった。

その結果、僕は一つの結論に達した。お金はとても大切なものだ。それは見解は間違いではない。しかし、お金さえあればすべてがうまくいくわけじゃない。お金持ちになるにしても、『幸せなお金持ち』にならなければ何の意味もない! 僕は心の底からそう思った。

 

お金だけあっても幸せじゃないのだ。家族と過ごす時間もなきゃ幸せじゃない。毎日プレッシャーを抱えながら生きていても幸せじゃない。職場の醜悪な人間関係も幸せじゃない。自分の人生を自分で仕切り、コントロールできるようにならなければ幸せじゃない!

お金を得るのと同時にさまざまな問題もクリアになる。そうなってはじめて『本当の意味でのハッピー』という状態を手に入れることができるのではないだろうか。

 

「お金がほしい!」という情熱は少しも間違ってはいない。だけど、そのお金を手に入れるための方法や手段が問題なのだ。お金を手に入れる手段や方法が苦しみを伴うものだったら、それはやっぱりハッピーではないだろう。

本当の幸せとは『物質的にも精神的にも満たされた状態』のことをいうのだから・・・そこから僕の試行錯誤がはじまった。結論から言えば、僕はその試行錯誤の結果『不動産投資』というものを発見することになる。  

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僕の人生最大の発見

不動産投資は不労所得だ。不労所得ということは働かなくても所得を得ることができるということだ。

会社に行く必要もない。職場の人間関係の悩みとも無縁だ。ノルマもない。サービス残業も、休日出勤もない。自分の好きなときに起きて、好きなときに寝ることができる。自分の時間を自分で好きなようにコントロールできる。

 

こんな夢のような状態を手に入れるためには、なんとしても『不労所得』を得なければいけない。不労所得は『投資』をすることによって得られる。僕はそのことに気づくことができた。

人生最大の発見だった。僕の人生が変わったのはその発見があったからなのだ! その気づきがあったからこそ、僕は真の意味でのハッピーな状態というものを手に入れることができたのだ。物質的にも精神的にも満たされた状態を手に入れることができたのだ。

 

『年収』という物差しで人生を計ると、痛い目に遭うことがある。もしもその年収が失われるような事態(勤め先の倒産、リストラ、病気、etc・・・)に陥ったりしたら、すべてが崩壊してしまうことになるのだ。

たとえ外資系企業に勤める年収2,000万円のスーパー・エリート・サラリーマンと結婚したとしても、そのご主人がうつ病になってバリバリ働けれなくなってしまった瞬間、シンデレラの魔法は解けてしまうのである。

 

会社や官庁といった自分以外の存在にいつまでも持たれかかっていたら、不安は一生拭い去れないだろう。高度経済成長期の日本ならいざ知らず、現在のようなグローバル社会では何が起こるかわからないものだ。自分が今勤めている会社だって(自分がどんなに一生懸命働いていたとしても)、どうなってゆくかわからない。

やっぱり最後の最後に頼りになれるのは『自分』しかいないのだ。自分の才覚や力量にすべてを賭けて、人生を切り開いてゆくしかないのだ。おかげさまで僕は自分なりの道を見つけた。

 

『不動産投資』という分野においては「スペシャリストになれた」という自負もある。そのために不動産会社に転職までしたのだ!

不動産会社での仕事は正直とてもキツかった・・・でもその修行は決して無駄ではなかった。その修行を終えたとき、僕は確実に『自分なりの不動産投資道』みたいなものを極めることができたような気がする。  

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「年収が高い=金持ち」ではない

どんな物件を手に入れればいいのか? 入居者はどんな部屋を求めているのか? 銀行はどんなことを考えているのか? 厳しい修行の果てに僕はそういった一つ一つのノウハウを自分のものにするができた。

そのおかげで僕は狙いどおり『不労所得』という鉱脈にたどり着くことに成功したのである! あのまま「年収」だけを追い求める生き方をしていたら、決してたどり着くことはできなかったであろう・・・なかなか理解されないかもしれないけれど、『年収が高い』=『お金持ち』ではない。

 

また(これまたなかなか理解されないかもしれないけれど)、お金持ちにも2種類のお金持ちいる。それは、

  1. 幸せなお金持ち
  2. 幸せじゃないお金持ち

である。

 

さて、みなさんはいずれお金持ちになれるとして、どちらのお金持ちになりたいだろうか・・・?

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