【あなたはまだ悩んでいるの?】学歴コンプレックスを克服して幸せに生きる9つの秘訣

2019年3月25日

僕もひっくるめて学校時代に勉強ができなかった人は「勉強コンプレックス」みたいなものを抱いてしまう傾向があります。そしてそのことが社会人になってからも大きな悩みのタネになり、何をやっても自信がない状態になっちゃう人もたくさんいます。それではいけません!

 

勉強は学校時代だけにするものではありません。いや、いちばん重要な勉強はむしろ社会に出てからの勉強の方です。逆に言えば、学校時代にどんなに落ちこぼれだったとしても社会に出てからきちんと勉強した人はいくらでもその後逆転できるということです。

僕も本当に学校時代は勉強ができなかった。そしてそのことをずっと悩んできた。その代わり、社会に出てからいろいろと勉強した。そしたら今、こんなに幸せで自由な毎日を送ることができるようになった! 人生というのはわからないものです。

 

今回は「勉強ができなかった」ということあるいは「勉強ができた」ということと人生をハッピーに生きるということはまったく関係ないんだよということを中心に話をしてみたいと思います。

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社会に出てから学ぶことがいちばん重要な「勉強」なんだぜ

僕は勉強ほど大切なものはないと思っています。でも僕が言ってる「勉強」というのは世間一般で言われている「勉強」とはちょっと違うものです。僕が大事だと思っている勉強の種類と世間一般で大事だと思われている勉強の種類とのあいだには大きな隔たりがあります。

 

僕は社会に出てから人生の本当の勝負が始まると思っています。学生時代ははっきり言って準備運動みたいなものです。その準備運動がうまくできたからといって本番の試合でも活躍できるとは限りません。

僕は学生時代の頃より社会に出てからの方がたくさん勉強しました。お金のこと、経済のこと、投資のこと、社会のこと、日本のこと、世界のこと、etc・・・社会に出てから一つ一つ学んでいったことはどれも本当におもしろく、ためになるものでした。

 

おかげで僕は勉強がとても好きになりました。学校時代、あんなに嫌いだったのに・・・そしてそのことが、やがて僕の人生を大きく変え、僕の人生を救済してくれることに繋がってゆくのです。

だから僕は声に出して言いたい。

学生時代、勉強ができなかったからと言って、人生の負け組になると決まったわけじゃない

学生時代、勉強ができたからと言って、人生の勝ち組になると決まったわけじゃない

と。

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「勉強ができない」というコンプレックスが逆に救いにつながることもあるんだぜ

僕は時々、学校時代に勉強ができなくて(もっとはっきり言えば、落ちこぼれで)逆に良かったのではないか?と思うことがあります。もしかしたら下手に学校時代に勉強ができていたら、今のこの幸せは享受することができなかったかもしれないぞ、と。

 

きっとそうです。僕は勉強ができず、学歴もパッとせず、それゆえにずっと「勉学」みたいなものからずっと逃げまわってきました。こうした学校の勉強で落ちこぼれた僕みたいなタイプはシューカツにせよ、転職にせよ、いろんな場面で困ることが多くなります。

そういう人はいわゆるエリート・コースみたいなものから必然的に外れなければならなくなります。僕だって有名大学を卒業して、シューカツして、一部上場企業に新卒一括採用で入社してみたかった。でも、それができなかった・・・

 

だから僕は地元の中小企業に就職するしかなかった。それしか選択肢はなかった。そうなると、必然的に日本的エリート・コースみたいなものから外れることになります。だから何か別のことを考えなければならない。何か別の生き方を模索しなければならない。

僕が「事業家になる」という発想はこうしたバックボーンが大きく影響しているような気がします。既定路線からはみ出しちゃったからこそ、僕は自由な発想でものを考えることができたのかもしれません。勉強ができないというコンプレックスが逆に救いにつながったのです。  

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たとえノラ猫でも、ノラ猫としての生き方ってものがあるんだぜ

僕の友人や知り合いにはいわゆるエリート・コースに乗っかってる人たちがたくさんいます。彼らは有名大学を卒業し、一流企業や官庁に就職し、高い年収をもらって生活しています。

僕がノラ猫ならば、彼らは血統書付きのアメリカン・ショートヘアーかスコティッシュ・フィールドみたいなものです。でも血統書付きの猫には猫の生き方があるように、ノラ猫にはノラ猫の生き方があります。

 

僕のまわりにいる優秀なエリートたちは高い年収と社会的地位と引き換えにいろいろなものを犠牲にしているように僕には見えます。彼らは朝早くから夜遅くまで働いています。子供とまともに話す時間もありません。

いつもプレッシャーを抱え、ストレスでいっぱいの毎日を送っています。はっきり言って、ちっとも幸せそうじゃありません。とても立派な家やマンションに住んでいますが、それだけに目ん玉が飛び出るような額の住宅ローンを抱えています。

 

「よくそんな金額を毎月払えるよなー」

不動産の世界に身を置いて自身もたくさんの借金を抱えている僕がこんな風に言うのはヘンに思われるかもしれませんが、その額は僕ですら心配になってしまうような額です。もっとも僕の場合は抱えているのは住宅ローンではありません。不動産投資ローンです。

 

借金は僕が働いて返しているのではありません。うちの物件に入居してくれている入居者さんたちが僕に代わって払ってくれています。住宅ローンとは借金の種類が違います。でもその話はややこしい話になるので、また別の機会に話すことにします。

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勉強ができる人は「資産づくり」に関心がない人が多いぜ

彼らはとてもいい暮らしをしています。家も立派だけど、車も立派です。着ている服も上等なものだし、時計だって外国製のすごい時計をしています。子供の習い事だって月に10万円くらいかけています。驚くような生活レベルの高さです。

さて、そんな一体彼らの一ヶ月の生活費はいくらなのでしょうか? 想像するだけでクラクラしてきます。

 

それに彼らは『資産』というものを持っていません。そのことに気づいてもいません。立派な家、高級車、外国の時計、そして上等な服、etc・・・それらは本当の意味で資産とは言えません。

だから彼らは一生働き続けるしかありません。資産からの収入がゼロなので、収入をすべて労働によって賄わなければなりません。今の生活レベルを落とさないようにするためには一生懸命働き続けるしかありません。これから先もずっとそうです。

 

資産を手に入れて、その資産に稼いでもらえば、そんな風に朝から晩まで働き続けなくても済むのに彼らはそのやり方を知りません。なぜ彼らは資産作りをしようとしないのでしょう? なぜ彼らは投資をやろうと思わないのでしょう? 僕はそのことについて真剣に考えてみたことがあります。

その結果、僕は『彼らが勉強ができたからだ』という結論に達しました。

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たとえ勉強ができなかったとしても、そういう人が輝ける世界というのが必ずあるんだぜ

彼らは勉強ができました。ものすごく勉強ができました。だから必然的に「勉強を活かせる世界の住人」に彼らはなりました。

どうやらその世界の住人にいったんなってしまうと、もう二度とそこから抜け出せなくなるようです。彼らはなまじっか勉強ができてしまったがゆえにその世界の住人にならざるを得なかった。そこにしか彼らの行き場はなかった。だから彼らはそこへ行ったのです。

 

何と言っても彼らは血統書付きの猫なのです。冷暖房完備の大邸宅に住まわしてもらって、ぬくぬくと暮らす血筋のいい猫なのです。それに対して僕らはノラ猫です。だから自由気ままに大地を動き回ることができます。

カラスに襲われたり、車に轢かれたりするリスクは確かにあります。でも何と言ってもノラ猫のいいところは勝手に好きなところに行けるところです。

 

僕は「そっちの方がいい」と考えるタイプの人間です。そっちの方が性に合っていました。僕は勉強ができなかったから、勉強ができる人たちが歩む道とは別の道に行くしかなかったのです。学歴とか、資格とかといったようなものが一切問われない世界に行くしかありませんでした。

だから僕はビジネスの世界に飛び込んだのです。ビジネスの世界には学歴とか、資格とか、学校時代の成績は一切関係ありません。

 

その代わり、シビアな厳しい世界です。リスクもいっぱいあります。でも僕はそっちの世界の方が居心地が良かった。「自分を活かせる!」と思った。僕はノラ猫だから!

つまりこういうことです。

  • 彼らは勉強ができたから、勉強ができる人が輝ける世界に行った
  • 僕は勉強ができなかったから、勉強ができなくても輝ける世界に行った

 

「勉強」というものが人間の進む道を左右するのです。

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お金には「いいお金」も「悪いお金」もないんだぜ

資産を手に入れてその資産に稼いでもらい、不労所得を得れば、極端な話、働かなくても生きてゆくことができます。そうしたことをやってる人(僕のことですね)は「高等遊民」などと言って揶揄されたり、生き方を批判されたりもします。だけど僕はそうした生き方を否定するつもりはまったくありません。

自分がやってるからではなく(もしも自分がやっていなかったとしても)、「そうしたことがもしも本当にできるのであればそれに越したことはないのではないだろうか?」と思っています。

 

僕は一度破産しかけたことがあります。お金のことで目の前が真っ暗になったことがあります。あの時、僕は『お金』というものがいかに大切なものであるかを痛感しました。

普段はそのことを意識したりはしません。それで平気な顔をして「お金より大切なものがある」なんて言ったりするのです。でも僕はもうそのようなタワゴトは口が裂けても言えません。

 

「お金より大切なものがある」というのはお金のことで苦労したことがない人が言う言葉です。例えば家族を養っていかなければならない立場なのに会社からリストラされてしまった人に「お金より大切なものがある」なんて本当に言えるでしょうか? 僕は言えないと思います。

 

不労所得だろうが、勤労所得だろうが関係ないんです。お金はどこまで行ってもお金でしかありません。お金には色もついていなければ、匂いもついていません。

犯罪でもおかしたなら話は別ですが、それ以外のきちんとした方法で稼いだお金を「これはいいお金だ」「これは悪いお金だ」とジャッジするのはあまりにもナンセンスだと僕は思います。だから僕は資産を手に入れようと思いました。そして見事にそれを手に入れました。

 

僕は不労所得を得て生活をしています。僕は働いていません。僕たち家族は、資産からの「あがり」でメシを食っているのです。そういう方法がこの世にはあるということを僕は社会に出てから学びました。

それは僕が人生の中で学んだもっとも素晴らしいものでした。

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投資には「レバレッジ」があるから、働いて稼ぐよりも大きなリターンが得られるんだぜ

一生懸命働く人や生き方を否定はしません。真面目に働く人がいるから日本経済は安定的にまわっていっているのです。もしもみんながみんな僕みたいな投資家になってしまったら、それこそ日本経済は崩壊してしまうでしょう。

しかし、真面目に働く人も頭の片隅のどこかに「労働にはそれほどレバレッジ効果がない」ということを入れておくようにしましょう。

 

投資にはリターンがあります。そのリターンは時に何倍にもなる。それがレバレッジというものなのですが、これが勤労所得の場合ほとんど効かないのです。

なるほど一生懸命働ければ出世はするかもしれません。会社の業績が良ければベースアップやボーナスのアップの期待できるでしょう。しかし、それはいったいどれほどのスケールになるでしょう? どんなに頑張ったとしても、投資によるリターンには叶わないでしょう。

 

がむしゃらに働くだけでは問題は解決しないのです。1の労力に対して100のリターンが欲しければ投資をやるしかありません。労働ではそれだけのリターンは得られません。そして「働き続ける」という選択をした場合、また翌朝になれば働きに出かけて行かなければならないのです。

 

住宅、車、子供の教育、レジャー、趣味、外食、ファッション、保険、税金、将来のための貯金、etc・・・『生活費』は毎月かかってきます。その生活費を払うために必死に働き続けなければならないのです。親からも学校の先生からも、それが正しいことだと教わりました。

だから明日も働きに行く。でも本当にそれでいいのだろうか。

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もっと多くの人は「収入を得る方法いくらでもある」ということを『勉強』しなきゃいけないぜ

お金は労働だけでしか得られないわけではありません。働くこと以外でもお金を得る方法はいくらでもあります。親も学校の先生もそのことを(その方法を)知らなかっただけなのです。でも僕は知ることができました。

社会に出てから「勉強」したのです。『お金』についていろいろと勉強したのです。だから僕は勉強というのはとても大事なことだと言っているのです。

 

今日の僕の幸せは社会に出てから僕が勉強したから得られたのです。お金についての勉強を深めれば、投資をすることはそれほど恐ろしくなくなります。いちばんおっかないのはお金についての勉強を一切することなく、投資や資産運用をすることです。

今からでも遅くありません。あなたもお金の勉強をスタートしましょう。投資や資産運用、経済や金融の知識をもっと深めましょう。

 

「危険なものだ」と言ってハナっから見向きもしないのはそれこそ危険なことです。それが危険で、リスクがいっぱいあるものだということがわかっているのなら、なおさら知識を深めておく必要があります。

なぜか学校時代に成績の良かった人ほど社会に出てから「勉強」をストップしてしまう傾向があります。「高学歴なのに人生がうまくいってない…」と感じてる人はこの辺りのことをしっかりと考えてみる必要があるのではないでしょうか。

 

僕よりも数百倍も頭のいい人たちが僕よりも不幸な毎日を送っています。高学歴の一流企業に勤めていて、年収も高いはずなのに不安でいっぱいの毎日を送っています。

そりゃそうです。「自分が勤めている会社からもらう給料」だけに頼っているわけですから、不安になって当然です。収入源が一つしかない状態ではいつまで経っても安心できないでしょう。

 

彼らが抱えている不安を解消する方法はただ一つ、それは彼らが「勉強」をすることです。本来、彼らの得意分野であるはずの「勉強」をすれば、彼らはもっと幸せな毎日を送れるようになります。

でも彼らは決してその「勉強」をしようとしません。翌朝になれば会社に出かけてゆく生活を繰り返すだけです。  

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「勉強」こそが本当の意味で自分を救ってくれるものなんだぜ

僕は社会に出てから「どうにかしてここから抜け出せないものか」「どうしたらここから這い上がれるだろうか」ということばかり考えていたような気がします。会社に身も心も捧げて働くことが当たり前だった古い世代の人から見れば、僕のその姿勢は「けしからん!」ということになるでしょう。

でも僕には学歴もなければ、何の資格もなかったんです。そんな何もない人間が社会でノシてゆくためにはそれなりに『考え』なければなりません。

 

他の人と同じことを考えていたんではとてもじゃないけどやっていけなかったんです。僕は自分が落ちこぼれだったことを誰よりも自覚していました。いわばマイノリティー側にいたのです。

高学歴の人や難しい資格を持っているような人たちとまともにぶつかっても、まず勝ち目はありません。何か違うことを考え、その『違い』で勝負するしかなかったんです。それで僕は勉強したのです。

彼らの上を行くにはどうしたらいいか? 彼らが持つことできなくて、僕が持つことができるものは何か? 「マイノリティー」としてのコンプレックスが僕を突き動かしたのです。

 

日本のサラリーマンは世界的に見ても勉強しないことで有名です。あるデータによると日本のサラリーマンは「平日10分」しか勉強していないそうです。確かに彼らの異常な働き方を見ていると、この数字も納得できます。あれだけ働いて、クタクタに疲れて帰ってきて、机に向かって1時間も2時間も勉強することはほとんど不可能に近いでしょう。

でもそれではいつまで経っても同じことを繰り返すだけの永遠のループから抜け出すことはできないのです。

 

僕の知ってる成功している人のほとんどは皆、勉強熱心です。中には中学しか出ていない社長さんなんかもいます。でも彼らは経済のことも金融のことをよく知っています。おそらくその辺の銀行マンや証券マンより詳しいのではないでしょうか。それだけ勉強しているのです。

勉強は間違いなくあなたを救ってくれます。勉強する癖をつければ、あなたの人生も変わるかもしれません。ただし、その「勉強」というものが世間一般で思われている「勉強」とはまったく違うものであるということだけは忘れてはいけません。

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まとめ

いかがでしたでしょうか。今回は社会に出てからの「勉強」がいかに大切なことであるか。そして、社会に出てからの「勉強」をきっちりやれば、人生はいくらでも逆転可能であるということについて書いてみました。

「学校時代に勉強ができて、いい会社に入りさえすれば後は幸せに暮らしていける」 そんな時代がかつてありました。ついこの間まで・・・

 

でもそんな時代はもうとっくに終わってしまったということは皆さんもよくご存じだと思います。これからはますます「勉強」が重要になってきます。ただし、何度も言うようにその勉強というのは多くの人がイメージしている勉強とはまったく違う種類の勉強です。そのことをよくよく考えてみましょう。

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