僕が実践して成功した『恐怖に打ち勝つ方法』、教えます。

2021年2月8日

結論から先に言ってしまおう。

投資で大きなリターンを得たかったら元手を大きくする以外に他に方法はない。

誤解しないでほしい。

僕がここで言っているのは「投資で大きなリターンがほしい場合は」ということだ。

 

投資をする理由は人それぞれだ。

別に投資に大きなリターンを求めていないという人だっているだろう。

 

また僕がここで言ってる「大きなリターン」ってやつが果たしていかほどのものなのか。

それも人によって違う。

1年間に100万円儲かれば「それは大きなリターンだ」と感じる人もいる。

1年間に1,000万円儲かっても「それは大きなリターンじゃない!」と感じる人もいる。

 

僕自身は1年間に投資からのリターンが数十万円程度の場合は大きなリターンのある投資だとは思っていない。

だが、それはあくまでも僕の個人的な感覚の話だ。

中には年間の投資リターンが30万、40万円でも「十分、大きなリターンだ」と感じてる人もいるだろう。

投資にどのくらいのリターンを求める?

僕は30歳の時に投資一本で家族で養ってゆくという決断をした。

だから、30万・40万円程度のリターンではダメなのだ。

それでは家族を養ってゆくことはできない。

最低でも日本人の平均年収(年収400万円〜500万円くらい)は投資で稼がないと、生活していけない。

 

僕はサラリーマンではない。

僕には給料もボーナスといった勤労所得といったものがないのだ。

だから家族を抱えたご主人が会社からもらってる分ぐらいの収入がなければダメなのだ。

 

さて、みなさんはどのくらいのリターンを求めて投資をやっているだろうか? 

あるいは、これからやろうとしているだろうか? 

 

投資をやる目的が「お小遣い稼ぎ程度」という人もいる。

そういう人は無理をする必要はない。

損しない程度に年に数十万円のリターンを得られるような投資を探し、実行すればいい。

 

しかし、もしもみなさんが僕みたいに投資によるリターンだけで家族を養い、セミリタイア生活を送りたいと考えているのならば、それ相当の覚悟をしなければならない。

数十万円程度ではどう逆立ちしたってとてもじゃないけど家族を養ってゆくことはできない。

 

どんなに生活レベルを落としたとしても、この日本で家族を食わせてゆくとなったら最低でも400万〜500万円は必要だ。

自分ひとりだけだったらそれほど生活費はかからない。

でも奥さんがいて、子どももいて・・・となったら話は別だ。

 

元手をたくさんかければ、リターンも大きくなる

さて、そうなったらそうなったで、ここで一つ重要な問題が立ち現れる。

投資からのリターンだけで年間500万円を稼ぎ出すのはカンタンなことではないという問題だ。

投資をかじったことがある人ならそれがどれくらいむずかしいことか分かるはずだ。

 

年間500万円のリターンである。

ここにさらに税金や社会保険料の問題も絡んでくる・・・それは並大抵のことじゃない。

 

500万円のリターンということは、株式の3%配当で2億円が必要ということだ。

「オレは余裕で2億円くらい用意できる」という人ならいいかもしれない。

でも、そういう人は滅多にいない。

そんなことができる人はごくごく限られた富裕層だけだ。

 

『信用取引』という方法もあるかもしれない。

なるほど、信用取引を使ってレバレッジをかければ確かに2億円の現金を用意する必要はないだろう。

しかし、ご存知のとおり信用取引にはあまりにも巨大なリスクが潜んでいる。

 

レバレッジはプラスにも作用するが、マイナスにも作用するのだ。

もしも逆回転がはじまり、大暴落が起きたら、信用取引をやってる人は大火傷では済まないことになる。

だから、信用取引で2億円を運用する・・・というやり方はあまりにも非現実的なやり方なのだ。

 

もちろん、やってる人もいるかもしれないが、僕らみたいな素人が手を出すべきものじゃないことだけは間違いない。

そこで僕は考えた。

結局、最後は『元手をいくらかけたか』という話に行き着くのだ。

 

元手をたくさんかければかけるほど、リターンも大きくなる。

元手を少なくすればするほど、リターンも少なくなる。

投資とは突き詰めて言うと、そういう性質のものなのだ。

 

・・・ということは日本人の平均年収である500万円を投資によるリターンで稼ごうと思ったら、億を超える元手を用意する必要がある。

その億を超える元手を用意する方法は、2つしかない。

 

  1. 自己資金で用意する
  2. 銀行からお金を借りて用意する

 

北海道の地方都市の中小企業に勤める僕のような人間が今すぐ億を超える自己資金で用意することは不可能だった。

だから必然的に僕には②の「銀行からお金を借りる」という選択肢しか残されていなかった。

 

ここが僕の人生の岐路だった。

人生のターニング・ポイントだった。

僕は迷うことなく銀行借入する道を選んだ。

死ぬほど恐ろしかったけど、「そっちを選べ!」という声が聞こえた。

 

それは神の啓示のようなものだったのか、それとも僕の無意識の声だったのかはわからない。

とにかく僕は恐怖の中へ飛び込んだのだ。  

 

人生を変えたければ「ちゃぶ台」をひっくり返せ

普通の人はそのようなチョイスはしないだろう。

アタマに一瞬浮かぶことはあっても実際にそちらを選択して行動に移したりはしないだろう。

しかし、実際に行動に移さなければ何も始らないし、何も変わらないのだ。

 

ダイエットの本をただ黙って読んでるだけじゃ痩せないのだ。

体重を落とすためには実際に行動しなければならない。

運動をし、食事制限をしなければならないのだ。

 

僕は自分がそれまで大事にしてきた『執着』のようなものを思い切って手放してみた。

「安心」を捨て、「安定」を放り投げてみた。

それはもちろん恐ろしいことだった。

 

考えてみてほしい。

何億円もの借金を背負い込むのだ。

その金額は僕が死ぬまで必死で働いても返せる額ではないのだ。

 

もしも失敗したら、僕は間違いなく自己破産しなければならないだろう。

家族はバラバラになり、家も車もみんな手放さなければならない。

 

いや、それだけでは済まない事態になるかもしれない・・

だから普通の人は僕が選んだような道は選ばない。

フッとアタマをかすめることはあっても実際に行動には移したりなんかはしない。

 

だからいつまで経っても同じ日常を生きることになる。

昨日と今日と明日が変わらない人生を生きることになる。

そういう自分が嫌だったならば、そういう人生を変えたかったら・・・

腹をくくる以外に他に方法はない。

 

自分を変えたい人

自分の人生を変えたい人

そんな人はぜひ「ちゃぶ台をひっくり返すこと」を恐れないでほしいと思う。

 

Aという方法がダメだったらすぐさまBという方法を試せ

自分がいちばん恐ろしいと感じてることに飛び込んでほしいと思う。

「それだけは絶対にないわ」と言い続けて避けてきたことにチャレンジしてほしいと思う。

そうしたら、間違いなく何かが変わる。

 

人生の流れを変えるためには荒療治が必要なのだ。

淀み、ヘドロだらけになった死んだ川に大工事を施そう!そして川の流れを変えよう。

そうすれば川は必ず復活する。

綺麗な水が流れ出し、新鮮な魚たちが帰ってくる。

 

恐怖に支配され、「今までどおり」「いつもと同じ」を繰り返しているから八方塞がりになるのだ。

「こだわり」を持つことは大事だ。

だが、その「こだわり」の結果があまり芳しくないものならばそれは何かを変えるべきときだ。

 

僕はこれまでの人生の中で何度もそうやって脱皮を繰り返してきた。

それまでの自分のやってきたことを否定するのはなかなか大変なことだった。

だが、そんなちっぽけなプライドは、これから得られるかもしれない『ハッピー』に比べたら大したことではなかった。

 

だから僕は「それまでの自分」をどんどん脱ぎ捨ててきた。

Aという僕でダメだったら、すぐさまBという方法を試してみた。

そのBでもダメだったら、Cを試してみた。

 

それまでの自分なんて、軽やかに脱ぎ捨ててしまおう。

それまでの自分とは違う自分になってみよう。

鮮やかに!!

 

「成果」なんていつまで待っていても出ないのだ。

いつまでも同じことを繰り返していても「結果」は変わらないのだ。

だから執着を手放して、人生を劇的に変えることを恐れないでほしい。

自分に新しいOSをインストールすることを恐れないでほしい。

積極的に『再起動』しよう!

 

みなさんがいちばん避けていること。

みなさんがいちばん嫌だと思ってること。

みなさんがいちばん「それだけはないわ」と感じてること。

そこにみなさんの問題を解決する『カギ』が隠されている。

 

『塵も積もれば山となる』というコトワザはよく用いられるコトワザだ。

だが、その「山」とはいかほどの山なのだろうか? 

富士山クラスの山なのだろうか? 

それともその辺にある小さな山なのだろうか?

 

小さな山も富士山も、どちらも山であることは変わりない。

だから『塵も積もれば山となる』というコトワザはまったくが的外れなものではないのかもしれない。

なるほど、確かに塵をたくさんかき集めれば、小さな山くらいにはなるかもしれない。

 

しかし、それは間違いなく富士山クラスの大きさの山にはならないだろう。

そして、山を形成するまでに時間も相当かかってしまう。

投資から得られるリターンが年間10万円だったとしてもその人にとってそれが「大きなリターンだ」と感じているのならば、それは大きなリターンなのだろう。

 

大きなリターンが欲しかったら大きなリスクを背負わなければならない

だが、僕の場合は年間10万円の投資リターンという「小さな山」では不満だった。

最低でも年間500万円のリターンは欲しかった。

だとするならば、どこかで自分自身に負荷をかけなきゃならない。

 

年間500万円のリターンに見合うだけのリスクを背負いこまなきゃいけない。

普通のことをやっていたら、普通の結果しか得られないのだ。

普通じゃない結果を得たかったら普通じゃないことをやらなければならないのだ。

 

あとは『覚悟』の問題だった。

金額の大きさの問題ではなかった。

大きなお金が欲しかったら大きなリスクを背負わなければならない。

 

なぜこんなシンプルなことに気づかなかったんだろう?

 

 

 

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