不動産投資で経済的自由を確立して北海道でセミリタイア生活を送る大家のブログ

サカモトハルキの『僕はこう思う』

サカモトハルキ(映画好き大家さん)。
元不動産会社のサラリーマン。
現在、北海道で5棟74室+月極Pの大家として活躍中
2010年12月より法人化(8期目)
ブログではお金、不動産投資、人生哲学、映画や本のレビュー記事などを発信中。
最近、株式投資もスタート。
奥さんと中1小4男子と猫と自由にのんびり暮らしてまーす。
国際NGO『プランジャパン』のチャイルドスポンサーもやってます。

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【おめでたいヤツになろう! 】正しい人生よりも楽しい人生を選んだほうがハッピーになれる法則

2018/10/20
 
この記事を書いている人 - WRITER -
サカモトハルキ
北海道で5棟74室+月極Pの大家さんやってます。会社経営者。不動産会社勤務を経て38歳で経済的自由を確立。セミリタイア生活へ。2010年12月より法人化(8期目)。ブログでは「お金」「不動産投資」「人生哲学」をテーマに発信中。映画大好き!奥さん&中1小4男子(あと猫も)とのんびり自由に暮らしてまーす。
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結局『おめでたいヤツ』がいちばん幸せなのではないだろうか?

最近そんなことを僕はよく考えている。

 

自信過剰、自意識過剰、ナルシスト、自分大好き、身勝手、わがまま、自分のことしか考えていない、etc・・・

そういう世間一般的にダメだ、よろしくない、ありえないと言われていることを平気でやっちゃうようなヒト。

 

そういう人が結局のところ最強なのではないだろうか、と・・・

 

自信のない人というのは基本的に2つのパターンに分かれる。

一つ目のパターンは非常に分かりやすいだろう。

 

いつもオドオド・ビクビクしていて、自信なさげで、不安そうにしているパターン。

みなさんのまわりでもこういうタイプの人はたくさんいるだろう。

 

もう一つのパターンはちょっと分かりづらい。

ぱっと見、自信がないようには全然見えない。

話をしていても堂々としているし、明るいし、自信に満ちあふれているようにも見える。

 

真面目で、誠実で、勤勉で、リーダーシップもあり、みんなから一目置かれてたりもする。

簡単な言葉で言うと、『頑張り屋さん』タイプの人だ。

 

何ごとにも一生懸命だし、意識も高く、何事にも熱心に取り組み、すべて完璧にこなそうとする。

一見するとこういうタイプの人は何も問題のないように見える。

 

でもその仮面の下には非常に弱い部分が内包されてたりする・・・

過剰とも思える頑張りは、弱い自分をカムフラージュするためのものだったりする・・・

 

かつての僕がそうだった!

 

自分に自信がないことを自分でも分かっているから、そのぽっかり空いた穴を何かで埋めようとする。

自信を持つにいたる根拠を必死で探そうと外に出かけてゆく。

 

そして、どうにかこうにかそれを見つけて、それを肩に担いで家まで持ってこようとする。

_____その必死な姿勢は痛々しいくらいだ・・・

 

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他人からの評価では本当の自信は得られない

僕は人からの評価を何よりも気にするタイプの人間だった。

だから人から評価されたり褒められたりすることなら何でもやった。

 

上司から嫌な仕事を押し付けられても、イヤな顔ひとつせずその仕事を引き受けた。

営業成績もいつも気にしていて、常に上位に自分の名前がなければ落ち着かなかった。

 

僕は文字通り企業戦士として朝から晩まで会社のために働いた。

サービス残業や休日出勤なんて当たり前だった。

 

そうやって頑張れば、とりあえず誰か彼がが褒めてくれた。

そうやって頑張れば、とりあえず報酬は増えていった。

そうやって頑張れば、とりあえず評価はされた。

 

でも、それと同時に僕のストレスも増えていった・・・

そして、それと引き換えに僕の自由時間はどんどん削られていき、最終的には人生すべてを仕事に捧げるような人間になっていた。

 

なぜ僕はそこまで一生懸命になっていたのであろうか。

なぜ僕はあんなに必死になって人の目を気にしていたのであろうか。

あの地獄のような日々から100万光年離れた今なら、その理由がはっきりと分かる。

 

僕はそうすることでしか自分に自信が持てなかったからだ!

_____なんてことはない、それが事の真相ってやつだった。

 

結果を出せば、人は僕のことを褒めてくれた。

成果を上げれば、人は僕のことを評価してくれた。

そうやって人から褒めてもらったり評価してもらわなければ、僕は自分に自信が持つことができなかった。

 

自分自身への決定的な自信や自己肯定感が不足していたから、それを『他人からの評価』というもので無理やり埋めようとしていたのだ。

実に痛々しい話じゃないか!

 

『自信』というのは「自分を信じる」と書く。

そこには「他者」「他人」の入り込む余地はないはずだ。

 

それなのに僕はそこに無理やり自分以外の人を持ってきて、はめ込もうとしていたのだ。

肝心かなめの自分をどこかに放り出して・・・

 

それは明らかに罠だった。

巨大な落とし穴だった。

僕が人生で出会った最大の詐欺事件だった。

 

当時の僕はそんなことにまったく気づいていなかった。

当時の僕はただただがむしゃらに、人からの評価を求め、その人からの評価でしか自分自身を評価することができなくなっていた。

 

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自信は自分の中にもともとある

究極的な話をすれば、それはこういうことだ_____

 

自分を愛していなかった・・・

 

必死になって自分を犠牲にして手に入れた自信は、外から持ってきた自信。

それは自分の中から自然と湧き上がってくる自信ではない。

 

その外からのパイプラインが順調に供給してくれてるあいだはいいだろう。

しかし、ひとたびその供給がストップしてしまったとき、人間は途端に脆くなる・・・

 

外から無理やり持ってきた自信というのは、株価のように浮き沈みがあるもの。

上昇トレンドに乗っているあいだはいいけれど、ひとたび下降トレンドになってしまうとすべてがダメになっていってしまう。

 

どんなにいい大学を卒業したとしても

どんなにいい会社に就職したとしても

どんなにむずかしい資格を取得したとしても

 

どんなに出世したとしても

どんなに高い年収をもらったとしても

etc・・・

 

結局のところ、外から持ってきた自信というのは偽物の自信なのだ。

おめでたいヤツには絶対に勝てない・・・

 

本物の自信というのは自分の中から自然と湧き上がってくるものでなければならないのだ。

どんなに厚化粧をし、どんなに武装したとしても、偽物であることには変わりはない。

メッキはいつか剥がれ、メッキが剥がれた自分の姿を見るたびにますます自信を喪失してゆく・・・

 

自信とは誰かに言われたり、評価されたりして手に入れるものではない。

必死になって捕まえにいくようなものでもない。

たとえ捕まえてきたとしても、無理やり持ってきた自信というのは必ず指と指のあいだからスルスルと抜け落ちていってしまうものだ。

 

僕はそのことをまったく理解していなかった。

そのことに気づかないまま、せっせと穴のあいたバケツに水を汲み入れていた。

なんと痛々しいことだろうか・・・

 

みなさんの中にも自信というものは必ずある!

ただ単にそれに気づいていないだけだ。

本当はあるのに、「ない」と思い込んでいるだけだ。

 

それは必死になって探しにいかなくても、もともと(ずっとむかしから)そこに「あった」のだ。

 

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問題を起こす人は自分のことを愛してない

僕は不動産の世界で生きてきた人間だ。

今は専業の大家さんとして家賃収入を得て生活をしているが、その前までは長いあいだ不動産会社で営業の仕事をしてきた。

ずっと不動産の世界で生きてきたのだ。

 

不動産の仕事は大変だけど、とてもおもしろい仕事だ。

いちばんおもしろいのは、いろいろな人の人生を垣間見ることができるところだ。

 

部屋探しをしに来る人というのは、実にいろんな人がいるもの。

いろんな事業を抱え、いろんな背景を背負ったいろいろな人と僕は接してきた。

老若男女、お金持ちから貧乏な人まで、いろんな人と接するのが不動産の仕事なのだ。

 

僕はその仕事を通じて、彼らからたくさんのことを学ばさせてもらった。

とくに印象に残っているのは、『苦労させられたヒト』だ。

いわゆる、ぞくに「不良入居者」と呼ばれている人たちのことだ。

今でもときどきその人たちのことを夢に見る。

 

家賃を滞納する人

夜逃げをする人

暴力事件を起こす人

 

モノを破損する人

警察沙汰になる人

自殺未遂をする人

etc・・・

_____たくさんの不良入居者の相手を僕はしてきた。

 

そういう問題を起こす人というのは、みんな揃いも揃って同じような考え方をしていた。

それを具体的な言葉にするのは大変むずかしい。

だけど、あえて言うならばこういうことになるかもしれない____

 

自分のことを愛していない

自分の人生のことを愛していない

 

そうなのだ!

問題を起こす人の根底に流れているのは自己嫌悪であり、自分の人生に対する絶望感なのだ。

だから彼らは自暴自棄になり、問題行動を起こしているのだ。

 

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問題を起こす入居者の部屋はどれもカオス状態だった

僕はたくさんの不良入居者たちと話をしてゆく中で彼らが深く深く傷ついてることがよくわかった。

要するに彼らは自分のことを「ダメな人間だ」と思ってるのだ。

自分の人生に「希望がない」と思っているのだ。

 

人生のどこかの時点で深く傷を負ってしまったのである。

僕にも思い当たるフシがある。

 

人生がうまくいってないとき

イライラしているとき

満たされていないとき

 

誰かに怒りをぶちまけているとき

落ち込んでいるとき

自分の人生を悲観しているとき

お金の問題を抱えているとき

etc・・・

 

そういうときの僕も自分のことを「つくづくダメなやつだ!」と思ったりする。

そして、自分に自信が持てず、自分の人生に希望が持てず、不安と後悔と欲求不満を抱え込む。

そして自己嫌悪におちいり、自暴自棄になる・・・

 

僕の中にも間違いなくそういう影の部分がある。

僕たちはその邪悪なもう一人の自分に負けてはいけないのだ!

 

もしかしたら、みなさんにも心当たりがあるかもしれない。

 

自分のことをダメな人間だと思い込んでいる人は、ダメな自分にピッタリな場所を探そうとする。

ダメな自分にピッタリ合う人と一緒にいようとする。

ダメな自分にふさわしい人生の選択をしようとする。

 

だから、ますます人生がダメになってゆく・・・

無意識のうちに自分と同じものに近づいていき、自分と同じものを引き寄せているのだ。

 

問題行動を起こす不良入居者の部屋は、どの部屋もぐちゃぐちゃのカオスだった。

部屋にはモノがあふれ、不潔で、薄暗く、ゴミの溜まり場になっていた。

それはまるでその人の精神状態をそっくりそのままあらわしているようだった。

 

犯罪者や問題行動を起こす子供たちの多くが複雑な家庭環境の中で育った経験をしているケースが多いことは有名な話だ。

その過酷な現実を生きるなかで彼らはどこかの時点で深く傷ついてしまったのだ。

そして、どこかで自分を「ダメなやつだ」と思い込んでしまったのだ。

 

本当はとっても純粋で、優しく、才能もあり、可能性に満ち溢れているのに・・・

いつの間にか「自分はどうしようもない人間なんだ・・・」と思い込んでしまったのだ。

 

それは大きな誤解だ!

大きな大きな勘違いだ!!

 

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正しいことより楽しいことの方を優先しよう

もしも今、みなさんが自分のことをそんな風にネガティブに捉えているのだとしたら、それはまったく持って正しくない現状認識なので、早く自分の過ちに気づいてほしい。

 

もしも今、みなさんが自分の人生に「何の希望もない・・・」と思い込んでいるのだとしたら、それはまったくもって完全なる認知の歪みなので、早くその歪みを矯正してほしい。

 

みなさんは何もダメじゃない。

みなさんの人生は本当は希望に満ちあふれ、これから先には夢のような展開が待っている。

みなさんの人生は絶対に素晴らしいものになる。

 

あとはマインド・シフトするだけだ!

世界の見方を変えるだけだ!

 

自分自身を客観的に見てみよう。

自分のまわりの状況を冷静に眺めてみよう。

みなさんが「これが自分にはふさわしい」と思ってるもの、それ、実はまったくの勘違いかもしれない。

 

自分の置かれた環境

自分の選んだ仕事

自分と一緒にいるパートナー

 

自分が属している人間関係

自分がチョイスしたモノ

etc・・・

_____まずは客観的に、冷静に見つめてみよう。

 

それらのことは本当に自分にふさわしいものだろうか?

それらのことを本当に自分にお似合いのものだろうか?

 

本当はもっと違う人生があるんじゃないだろうか?

そして、その違う人生に本当は(今すぐにでも!)、そこからジャンプして飛び移れるんじゃないだろうか?

 

冒頭で僕はおめでたいヤツが最強説を唱えた。

ナルシストに、自意識過剰に、自分大好き人間になってみよう!というようなことを申し上げた。

 

自分のことを心の底から愛している人というのは、側から見てるとイタイところもあるかもしれない。

だけど、少なくとも彼らは悩んではいない。

嘘偽りの自信ではなく、ホンモノの自信を持っている。

(たとえその自信が勘違いであったとしても・・・)

 

彼らから学ぶことはたくさんあると思う。

同じ勘違いをするなら、ぜひそっちの方で勘違いしてみてはどうだろうか・・・?

そっちの方がきっと人生は100倍楽しくなるはずだ。

 

僕は思う。

正しいことを選んでいれば人生がハッピーに生きられるわけではない

_____と。

 

じゃあ、人生を幸せなものにするためにはどうすればいいのか?

 

『楽しいこと』を選択するようにすればいいのだ!

正しい方ではなく、自分の心がウキウキ・ワクワクする方を選ぶようにするのだ!

 

おめでたいヤツというのは、おめでたい人生を生きている。

______素晴らしいじゃないか!

 

大いなる勘違いだったけど、最高にハッピーな人生だった!

_____素晴らしいじゃないか!

 

同じ人生を生きるなら、そっちの人生を生きた方が良くないか??

その方が楽しくないか?

おもしろくないか?

 

エキサイティングではないか?

充実してないか?

死の床についたときに、「ああ、オレの人生は本当にいい人生だったな・・・」と、しみじみ思えないか?

 

それとも、おめでたくない人生を歩んだ方がいいだろうか。

正しい選択ばかりをして、我慢と苦しさでいっぱいの窮屈な人生を送った方がいいだろうか。

 

おめでたいヤツになろう!

_____本当の自信というのは、そういうおめでたいヤツになったときに初めて手に入れられるものだと僕は思う。

 

 

 

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