これが僕なりのハッピーに生きるコツ!人生がうまくいってない…と感じている人へぜひ教えてあげたい7つの秘訣

2019年3月29日

今、多くの人がいろいろな悩みを抱えて生きています。経済的な問題を抱えている人、仕事の悩みや人間関係の悩みを抱えている人、etc、、、人生の岐路に立って、「どっちに行ったらいいかわからない…」と迷っている人もたくさんいるでしょう。僕もかつては悩み多き人間だったから分かるんです。

 

この文章を読んでくれてるあなたも、もしかしたら人には言えない悩みや苦しみを抱えていらっしゃるのかもしれません。しかし僕は今40代半ばに差し掛かり、とてもハッピーな毎日を送っています。「あの頃は良かったなぁ…」と言う人はたくさんいますが、僕の場合は「あの頃よりも今の方がはるかにいい!」と胸を張って言えます。

 

なぜ悩み多かった僕がそんな風に変わることができたのか? それはいつの時点からか『ハッピーに生きる』ということを追求するようになったからです。

自分がどんなことにハッピーを感じるのか? 誰といればハッピーになれるのか? どんなことをしている時がいちばんハッピーな気持ちでいられるのか? それを真剣に考え、ただただそれを追求する。そしたら、びっくりするくらいにハッピーな状況が僕の元にあらわれ出しました。

 

そして、それまで抱えていたいろいろな悩みや問題が嘘のように消え失せていったのです! 今回はこの「ハッピーに生きることを追求する」をテーマに何か書いてみようと思い、このような記事を作りました。ぜひ参考にしていただければ幸いです。

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ただ単に「ハッピー」を追求していったら、お金も自然についてきたという話

僕は38歳の時に脱サラして、それからずっと自分の事業からの収入によって生活してきました。はっきり言ってそれほどお金持ちというわけではありませんが、かと言って生活に困っているというわけではありません。もしも事業の方がうまくいってなかったら、こんな風に生きてゆくことはできません。

 

僕がこんな生活を続けているということは、それだけ「まあ、まずまずうまくいってる」ということなのでしょう。でも僕は『金持ちになりたい!』とか、『成功したい!』といったメラメラ燃える野心があったわけではありません。結果的に投資や事業がうまくいったかもしれないけれど、それだって別に無理して手に入れたことじゃない。

 

じゃあ、何をどうしたのか? ただ単にハッピーに暮らしたかっただけです。僕がこのことを言うと、いつもまわりにいる人たちは眉間にしわを寄せます。日本ではまだまだこの「ハッピーに生きる」ということが市民権を得ていません。それが何か悪いことであるかのように言う人もいたりします。

 

ハッピーに生きるためには、いくつかクリアしなければいけないことがあります。いくつか手に入れなくてはならないものもあります。僕はただそれを追い求めていただけなんです。

ハッピーに生きるために僕にはお金が必要でした。それほど大金は必要ありませんでしたが、とにかくある程度のお金を稼ぐ必要がありました。お金を稼ぐためには仕事をうまくいかせる必要がありました。事業を軌道に乗せ、サラリーマン時代にもらっていた給料以上の収入を得る必要がありました。

 

商売を成功させるためにはコミュニケーション能力も必要でした。コミュ障では商売人にはなれません。銀行の融資担当者の人を説き伏せて、融資を引っ張り出すこともできません。

それからある程度の知識も必要でした。経済の知識、税金の知識、金融の知識、投資の知識、不動産の知識、etc・・・そういう知識がまったくなしに事業を軌道に乗せることはできません。

 

それから何と言っても、『安定した心』も必要です。心が安定していなければ、事業を成功させることはむずかしいでしょう。だから僕は家族や友人たちと楽しい時を過ごしたり、自己啓発的な本をたくさん読んだりしました。

それらのことはすべて「つながって」いることなのです。そのどれが欠けても、僕のハッピーは実現されないのです。

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ハッピーに生きるためには条件をクリアしなければいけないと僕が思う理由

よく「お金がなくても幸せに暮らせる」という人がいます。あるいは「家族はいなくても仕事が充実してさえいれば幸せだ」という人もいます。

また、「ひとりぼっちだけど、お金がたくさんあるからいい」という人もいます。本当にそうでしょうか? キレイゴトだけでは人は生きていけません。やっぱりハッピーに生きるためにはお金は必要なのではないでしょうか?

 

仕事がどんなにできて、どんなに出世したとしても、家族がいなかったらやっぱり寂しい人生なのではないでしょうか? 有り余るほどのお金がどんなにあっても、自分を心の底から愛してくれる人がいなかったら、それはハッピーとは言えないのではないでしょうか?

スポーツ・カーである必要はないけれど、やっぱり車は動いてナンボのもの。4つあるタイヤのうちどれか1つでもパンクしていたら車は動いてくれません。

 

僕はただただ自分なりのハッピーを追求していっただけなんです。それ一つひとつは『最優秀』である必要は全然ありません。平均点で十分です。その平均点をかき集めるだけで結構なものになります。ただし、どれも取りこぼしてはいけません。どのタイヤもパンクさせてはいけません。

「どんなことをしたらオレはハッピーになれるだろう?」「どんな人生を送ればオレは幸せになれるだろう?」ということを真剣に考えれば、おのずと答えは出てくるはずです。

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何かを手に入れるためには、それ相当のベネフィット(代償)を払う必要がある

「お前は自由でいいよなぁ…」というようなことをよく言われます。確かに僕は自由だと思います。僕は自分で『北海道でいちばん自由なパパ』だと勝手に思っています。おそらく(きちんと調べたわけではないので具体的にはわかりませんが)、僕は普通のお父さんの一生ぶんの家族と過ごす時間をもうとっくに超えちゃってると思います。

 

僕はいつも家族と一緒にいます。休みの日にはいつも家族と一緒にどこかへ出かけます。それが僕にとっての『ハッピー』なんです。妻はどう思ってるかわからないけれど・・・笑

こんな風に自分の自由な時間が作れる仕事にたずさわって入れるのは、すごく恵まれていることだと思います。サラリーマンをやってるお父さんなんかは、どんなに子供と一緒に過ごしたいと思っても、なかなか時間が取れなくてツライ想いをしていることでしょう。

 

確かに僕は自由です。だけどいま僕が享受しているこの自由をすべての人が享受する必要はないと思っています。世の中が僕みたいな人間であふれてしまったら、それこそ経済はまわっていきません。みんながみんな僕みたいに自由に生きるようになったら、その瞬間にこの社会は崩壊してしまうことでしょう。

 

だから僕はこれは『役割』みたいなものだと思っています。何の因果かわからないけれど、今生において僕はそんな「圧倒的な自由」を与えられたのです。その与えられた自由を僕はきちんと謳歌しなければいけないと思っています。こんな風に生きることが許される人なんて滅多にいないはずなのですから・・・

 

でも僕がこんな風に自由気ままに生きることができるのも、僕がまず自分で事業をやっているからです。投資をやっているからです。サラリーマンのままだったら、こんな風に自由には生きられませんでした。しかしビジネスや投資には「給料」とか「ボーナス」というものはありません。

 

全部自己責任です。厳しい世界です。僕も一応経営者の端くれですが、会社というのは「10年で90%の会社がダメになる」と言われています。そんな確率の低いものにわざわざ挑戦しようというのですから、脱サラして自分で事業をやろうなんて人は(もちろんそれは僕のことなのですが)、よっぽどの変わり者なんです。

 

だから日本ではそういう道を選択する人がほとんどいないんです。あなたのまわりでも起業する人なんてほとんどいないでしょ? つまり何を言いたいのかというと、僕が享受しているこの圧倒的な自由はかなりのリスクを背負わなければ手に入れることができないということです。

 

自由気ままに生きてる僕をはたから見て、「お前は自由でいいよなぁ…」と言ってる人はそのあたりのことを見落としているのです。自由にはベネフィット(代償)があるのです。そのベネフィットは、かなり高くつきます。相当の覚悟がなければ、自由を手に入れることなんてできないのです。

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なぜ僕がこれほどまでに『自由に生きる』ということを欲するようになったのか?

僕の両親は二人とも教師でした。今でも教師の労働時間のことが問題になったりしますが、昔はもっとひどかった。少なくとも僕が記憶している限りにおいては、僕の両親にはまともな休みなんてありませんでした。

学校がない日でも部活がありましたし、いろいろ大変そうでした。いつも家には誰もおらず、両親は帰りも遅い・・・僕は一人っ子だったので、とても寂しい想いをしていました。だから僕は人一倍、家族と一緒の時間を過ごすことにこだわるんだと思います。

 

子供の頃、散々寂しい想いをしたから、子供には同じ想いをさせたくないと考えるのでしょう。人間というのは人格形成の段階で身についたものから逃れられない生き物なのかもしれません。

 

僕がこんなに自由を愛し、自由を追い求める生き方を選ぶ根底には子供の頃に嫌というほど味わった寂しさがあるのです。でもそれは決してネガティブなことじゃありません。コンプレックスは最大の武器になります。事実、僕は誰よりも自由を追い求めるタイプの人間だったから、脱サラ起業する道を選ぶことができたのです。もしもサラリーマン生活に耐えられるような我慢強い性格だったら、今でも僕は組織の中にいたはずです。

 

僕には『自由』というものがどうしても必要なんです。自由を手にし、家族と一緒に過ごす時間がなければ、僕は死んでしまうでしょう。しかし、それはあくまでも『僕』の話。すべての人間が僕みたいに自由を追い求める生き方をする必要はない。

あなたにはあなたなりの「ハッピー」があるはずです。その自分なりのハッピーに向かって歩いていけば、自ずとハッピーな状況にたどり着くことができるはずです。あなたは僕みたいにそんなにそんなに自由を追い求めなくても、十分ハッピーかもしれない。だったらそれほど自由じゃない道を選択してもいいのです。サラリーマンを続けていたってハッピーになる方法はいくらだってあります。

 

とにかくサッカーが死ぬほど好きで、それでサッカーの選手になった人がいるからといってあなたもサッカー選手を目指す必要はない。あなたがピアノが好きだったらピアニストを目指せばいいし、水泳が好きだったら水泳選手を目指せばいい。サッカーがそれほど好きでもないのにサッカー選手になったって、ちっともハッピーじゃないでしょ?

 

自由をそれほど愛していないのに自由な時間だけあったって、退屈で退屈でたぶん死んでしまいますよ。僕は自由がいくらあったって退屈しません。なぜなら自由をずっと追い求めてきたからです。いちばん大事なことは、「何が自分にとってハッピーなのか?」ということ。

親や世間の言葉なんかに耳を傾ける必要は一切ありません。自分の言葉に耳をすませましょう。

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僕がいたるところで「コンプレックスこそがすべての問題を解決する鍵だ!」と豪語する理由とは?

でも「ハッピーになる」「ハッピーを手に入れる」って口で言うほど簡単なことではありません。それでもそれに近づくコツはあります。そしてそのコツさえマスターできれば、比較的ラクにハッピーな状態に近づくことができます。

そのコツとは何か? それは先ほどから僕が述べていることです。そう、『コンプレックス』です! コンプレックスこそが鍵なのです。自分の中にあるコンプレックスこそが、あなたをハッピーな状態に導いてくれる道先案内人なのです。

 

コンプレックスというのは多くの人はネガティブなものとして捉えています。それは克服すべき忌々しいものだ! そんな風に自分の中にあるコンプレックスを敵視して生きてる人もいます。でも、人間にとってコンプレックスというのはそんなに悪いものではありません。

むしろその人を今よりも素晴らしい場所へ導いてくれる「なくてはならない大切なもの」なのです。コンプレックスがまったくない人間には飛躍はありません。偉人や歴史上の人物たちを見てください。誰一人としてコンプレックスを持たなかった人はいません。みんなコンプレックスと共に生き、コンプレックスのおかげですごいことを成し遂げています。

 

人間はコンプレックスから逃れることはできません。どんなにお金持ちになっても、どんなに社会的地位が高くなっても、コンプレックスは常にその人につきまといます。コンプレックスと完全に決別できるのはその人が棺桶に入った時だけです。

コンプレックスは常に人を苦しめます。不安な気持ちにさせます。だけど我々はその苦しみや不安は「絶対になくすことはできないんだ」という事実を受け入れなければいけません。諦めの境地です。その諦めの境地に達することができた瞬間、人は以前よりも少しだけハッピーになれます。

 

自分が思い描いていた現実とはまったく違う現実。それを受け入れ、それを許すのです。理想とはかけ離れてはいるかもしれないけれど「まあ、しゃーないか!」と言って開き直るのです。本当の意味でコンプレックスを克服するというのは、そういう境地に達することを言うのではないでしょうか。

 

自分が思い描いたものが100%実現するなんてことはないんだ

自分は完璧じゃないんだ

それを受け入れるということ。それもハッピーに近づくための大切な修行です。毎日が苦しみの連続だという人はこの修行ができていないのです。いつまでたっても「こうあるべし」「これでなければいけない」というものを持ち続け、それに到達していないことに苦しむ・・・そして、それに到達できていない自分にコンプレックスを抱いている。

 

こんなことを繰り返していたって、いつまでたっても苦しみから解放されることはありません。僕が言う「ハッピー」というのは心の状態のことなんです。

この世の中をどのように捉えるのか?

自分自身をどのように捉えるのか?

その捉え方が「ハッピー」かどうかを決めるのです。だからハッピーじゃない人はどんなに立派な学校を卒業しても、どんなに大きな会社に就職しても、どんなに高い社会的地位を得てもダメなんです。

 

東大とハーバード大学を出て、キャリア官僚になり、衆議院議員になっても、ハッピーじゃない人はハッピーじゃないんです。それは全部、自分が決めたことなんです。自分の捉え方しだいなのです。

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ハッピーに生きるためには人間関係も整理する必要がある理由

ハッピーに生きるためには『人間関係』も大切です。でも僕の場合の人間関係というのは、他の人とちょっと違います。僕は「誰とでも仲良くしましょう」なんてことを言うつもりはサラサラありません。世の中にはいろんな人がいます。自分に合う人もいるかもしれないけれど、合わない人もいっぱいいます。

 

すべての人と仲良くするなんてことはできっこないのです。できっこないことなのに無理してやろうとすると、必ずどこかで無理が生じます。毎日が楽しくなくなり、暗い気持ちになっていきます。それはハッピーなことじゃない。

だったら全員と仲良くしようとしなければいいんです。自分と合う人とだけ仲良くしていればいい。合わない人とは無理して付き合わなければいいんです。僕の経験上、合わない人と無理して付き合っていても、結局最後はお互いにとって良くない結果に終わることが多い。だったら最初から仲良くしようとしなければいいだけのことです。

 

「そんな風に人を避けてばかりいたら成長できない」「そんな風に自分勝手に生きられない」。これに関してはいつもそのような批判を受けます。でも僕はいろんな人に聞いてみたい。何をいちばん優先したいですか?って。自分の人生を生きるうえで、何をいちばん上に持ってきますか?って。

 

多くの人と仲良くすることをいちばんに持ってきますか? それとも自分をハッピーにすることをいちばんに持ってきますか? 確かに僕みたいなやり方をしていたら、合わない人とコミュニューションを取る能力は育たないかもしれません。だけどそれが何だと言うんですか? そのコミュニケーション能力が、いったい自分にどんなハッピーをもたらしてくれるというんですか?

 

いろんなタイプの人と仲良くできるコミュニケーション能力は抜群に育ったけれど、ストレスでいっぱいになって病気になっちゃった・・・というのでは何にもならないのです。それだったら全員から好かれなくてもいい。ハッピーでいられる時間がなるべく多い方がいい。僕はそう考えるタイプの人間です。

 

もちろんこんな人間は社会人としては失格です。サラリーマンにはなれません。だから僕は脱サラして事業家になるという道を選んだのです。自分で食い扶持を確保していれば、合わない人と無理してコミュニケーションを取る必要もありません。

『立派な社会人』というカテゴリーからは逸脱しちゃうかもしれないけれど、その代わりハッピーになれるのであればそれでいいんじゃない? 少なくとも僕はそう考えます。気が合わない人には会わないようにすればいいだけのこと。これだけでストレスはかなり軽減され、人生はだいぶハッピーになります。

 

僕は今でも「あっ、こいつ、嫌だな」「合わないな」と思ったら、瞬時にその場から立ち去るようにしています。そうすればそれ以上その人の影響を受けずに済みます。その人のせいで不快な想いをしないで済みます。

結局のところ、そうした方が僕にとってもその人にとってもいいことなんです。「こいつムカつくな」「こいつとんでもねぇ奴だな」という想いを抱えながらいくら作り笑いをしていても、ちっともいいことなんかありません。お互いのために『物理的に一緒にいる時間』を作らないようにすればいいんです。

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お互いに「違い」を認め合って、無理に同じにしない方が平和になると僕が思う理由

今、世界各地で紛争が起こっています。あれなんかも、無理して仲良くしようとするから起こるんではないかと思う時があります。「それじゃ、いつまでたっても平和にならねぇじゃん」と言う人もいるかもしれないけれど、果たして本当にそうでしょうか。

 

いがみ合いながらも、睨み合いながらも、お互いの陣地でそれぞれ勝手にやってた時の方が平和だったんじゃないでしょうか。グローバル化だ」とかって言って、世界を無理やり一つにしようとするから失敗するんです。仲良くできないものを無理やり仲良くさせようとしてもダメなのです。そこには長い長い時間が必要なのです。

 

僕が子供の頃、こんなにテロは起きていなかったですよ。少なくとも世界はこんなに暴力的じゃなかったですよ。僕が子供の頃は冷戦の真っ最中でした。世界は全然仲良くしていませんでした。それでも、どーにかこーにもうまくまわってましたよ!

特別仲良くすることもなかったけれど、深く干渉することもなかった。虎の檻の中に無理やりクマを連れてきて、「今日から一緒に暮らせ!」と言ったってそりゃうまくいきませんよ。虎とクマは同じ肉食動物だけど、全く違う生き物なんですから。

 

あなたが今、誰かに腹が立っているんだとしたら、その人とどうやったら仲良くなれるだろうか?と考えてはいけません。そう考えるだけ無駄なこと。まず仲良くなんかなれませんから!

それよりも、「どうすればこの人となるべく関わらないでいられるだろうか」「どうすればこの人からの影響を受けずにいられるだろうか」と考えた方がよっぽどいい。そっちの方に知恵を働かせた方がきっと未来は切り開かれてゆくはずです。

 

僕は「ムカつく上司がいたから」という理由で会社を辞めて自分でビジネスをやり始めて大成功している友人を何人も知っています。彼らは世間一般から見れば『まともじゃない』というカテゴリーにおさまるのかもしれませんが、お金もあるし、いつもニコニコしていて幸せそうだし、人間的にもサイコーの連中ですよ!

何が自分にとってハッピーなのか? あなたもそれを追求していった方が展望が開けてくるのかもしれませんよ。

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まとめ

いかがでしたでしょうか。今回は「みんなもっと自分のハッピーを追求してもいいのではないか?」と想いから、僕なりの幸福論的なものを書いてみました。

みんなそれぞれいろいろな想いを抱えて生きていると思います。なかには「こんなに頑張ってるのに、なぜか人生がうまくいかない…」ということで悩んでいる人もいらっしゃると思います。その人にぜひ僕は言いたいのは『自分がどういう状態でいることがハッピーか?ということを考えましょう!』ということです。

 

「うまくいかない…」と愚痴を言ったり、ため息をついてばかりいる人って、自分がハッピーの感じることのできない場所でハッピーを感じられない人たちとハッピーを感じられないことをしていたりします。もっと自分と向き合って、もっとわがままに生きてもいいのではないでしょうか。

そして、その自分の中にあるハッピーを追求することこそが、あなたの経済的な問題も人間関係の問題も解決するいちばん早い近道だったりするのです!

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