【学校なんて大嫌いという人必見!】僕が「学校に馴染めなくて逆に良かった」と思うコト・まとめ

      2018/04/06

学校生活が充実していて、心の底から「楽しかった!」という人ってどのくらいいるんだろうか・・・?

 

少なくとも僕の場合は学校がめちゃくちゃ楽しい!と思ったことは一度もない。

それは僕の両親が二人とも学校の教師だったということが少なからず影響しているのかもしれない。

 

両親が二人とも学校の先生だということは、ずっと『教育現場』が続いているようなものなのだ。

気の休まる瞬間がない・・・

 

僕も大変だったけど、うちの両親もかなり大変だったと思う。

言葉では表現しようのないプレッシャーみたいなものを常に抱えていたはずだ。

 

そういう昼夜問わず教育にどっぷり浸かったような環境に育った人間は、だいたい次の2つのパターンのどちらかに分かれる。

 

  1. 学校というものがめちゃくちゃ好きになるパターン
  2. 学校というものがめちゃくちゃ嫌いなるパターン

 

教師の子供は将来、学校の先生を志す人が多い。

そういう人は間違いなく「学校が好きになるパターン」に該当する人だ。

 

そういうパターンの人は途中でつまずいたり、こじらしたりすることなく、スルッと学校というものに馴染んでゆく。

そして何の違和感もなく、そのまま『教育現場』に身を置くのだ。

 

こういう人は結構多い。

 

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しかし、すべての教師の子どもがそのような道を選択するわけではない。

僕みたいに『教育現場』とは縁もゆかりもない場所に自分の居場所を発見する人もかなりいる。

 

そういう人は「学校」というものと上手に折り合いをつけることができなかった人だ。

 

このような「とにかく学校というものが苦手だった!」というタイプは学校から遠く離れた場所で花を咲かせようとする・・・

 

僕は完全にこっちのパターンだ。

 

はっきり言って、僕は学校というものがあまり好きではなかった。

学校と名のつくものには小学校から大学まで通ったが、とにかく僕は『学校』というシステムと折り合いがつかなかった。

 

40歳を過ぎ、結婚をし、子どもを設けた今でも学校時代のことを思い出すと、暗い気持ちになってくる。

 

いじめられたとか、何か特別なことがあったとかそういうことではない。

そうではないのだが、学校時代のことをふりかえってみても、「楽しい思い出」みたいなものはあまり蘇ってこない。

 

僕はいつも「居心地の悪さ」のようなものを感じていたような気がする。

 

学校に対しても感じてたし、教師に対しても感じてたし、まわりの生徒に対しても感じていた・・・

 

もっと言えば、『日本の教育制度そのもの』に対しても、違和感(もっと言えば苛立たしさのようなもの)を感じていたような気がする。

 

その違和感はいったいどこから来るのか?

それは僕にもわからない。

当時もわからなかったし、学校というものから何十年も経過した今でもよくわからない。

 

でも僕が現在このような一風変わった人生を送っているのは(そしてそう人生を結果として選択したことは)、その違和感や苛立たしさが深く関係しているような気がしてならない。

 

僕は38歳のときにサラリーマン生活からドロップアウトして、アパートの大家業をはじめた。

アパートを数棟所有し、入居者から家賃をもらい、その家賃収入で生活する道を選んだのだ。

 

僕はそのために銀行からも何億円という巨額の借金をした。

その僕の選択は、明らかに『学校』というシステムの中ではあまり良しとされていない選択だった。

 

学校では絶対に子どもたちに教えたり、ススメたりしない選択だった。

なぜ僕はそんな学校で良しとされてない道をチョイスしたのだろうか?

 

なぜ僕は『投資の世界』なんていうリスクいっぱいのところに自分の居場所を発見したのだろうか?

 

僕の人生が輝きはじめたのは学校というものから遠く離れてからのことだった。

学校という枠組みの中では僕は輝くことができなかった。

 

勉強もそれほど良い成績ではなかったし、スポーツでも華やかな活躍をしたこともなかった。

友人関係にしろ、恋愛関係にしろ、学校時代よりも社会人になってからの方がいろいろとうまくいった。

 

『暗黒時代』とまでは言わないが、僕にとっての学校時代というのはそれほどハッピーなものではなかった。

 

だからと言うわけではないのだが、僕はいわゆる同窓会とかクラス会みたいなものにも今まで一度も出席したことがない。

そんなものには死んでも参加したくない。

 

そんなところにノコノコと出かけていっても、ロクなことにならないことは目に見えている。

きっととてつもないストレスを抱えて帰宅することになるであろうことは容易に想像がつく・・・

 

そういった僕の特性のせいで、僕はクラスメートから大いに「変わり者扱い」されることになる。

でも仕方ない。

本当に変わり者なのだから・・・笑

 

でも僕はこんな風にも思っている。

 

変わり者だったからこそ、他の人と違う道を選択をすることができた!

 

僕が何の疑問も持たずニコニコと同窓会やクラス会みたいなものに出席できるタイプの人間だったら、おそらく僕はこのような道は選択していなかったはずだ。

 

____ということは裏を返せば、今のこのハッピーな毎日というのは僕が変わり者で、他の人と違っていたから手に入れることができたとも言えるのだ。

 

そう考えると、何が正解で何が不正解なのかわからなくなってくる・・・

 

僕の中では『あの頃に戻りたくない!』という意識が常にあった。

もっと言えば『戻ってたまるか!』というような反発心みたいなものが常にあった。

 

僕が学校というものに通っていたのはもうかれこれ30年近く前のことだ。

僕ももうすっかり歳をとり、今では40代半ばのおっさんになってしまった。

 

でも根本的な部分では「あの頃」とあまり変わってないような気がする。

あの頃抱いていた違和感や苛立ちは、今でも間違いなくある。

 

今、いたるところで『不登校』が問題になっている。

それは相当な数で、社会問題化している。

 

だけど僕は何となく不登校になってしまう若者たちの気持ちがわかる。

40歳を過ぎ、結婚をし、2人の小学生の父親になった人間がこんなことを言うのはヘンに思われるかもしれないが、僕には理解できる。

「学校に行きたくない」「学校に行けない」という人の気持ちが・・・

 

僕自身は不登校になったことはない。

決して楽しい学校生活を送っていたわけではないけれど、学校にだけは毎日通っていた。

 

ときどきにっちもさっちもいかなくなって、学校を抜け出して映画を観に行ったりしたこともあったけれど、いわゆる『不登校』になることはなかった。

でも、それは別に僕が偉かったわけでも、真面目だったわけでもなんでもない。

 

ただ単に当時の僕の中に『学校に行かない=不登校』という選択肢がなかっただけだ。

そこまで頭が良くなかっただけだ。

 

これは時代背景が大きく影響していると思う。

今と昔では時代が違いすぎる。

 

当時は情報も不足していたし、今よりも選択肢の数自体が圧倒的に少なかった。

だから、結果として僕は不登校にならずに済んだ。

ただそれだけのことだ・・・

 

もし今、学校に通っていたら、僕は間違いなく「学校に行かない」という選択を選んでいたと思う。

僕は間違いなくそういうタイプの人間だ。

 

根っからのドロップアウト気質アウトサイダー気質の人間なのだ!

あまり誉められたことではないけれど・・・

 

僕は学校で勉強をしたり、部活をしたりしているよりも映画を観たり、音楽を聴いたり、本を読んだりしている方が好きだった。

そういった資質は社会に出てからも基本的には変わっていない。

 

大学を卒業し、会社に就職はしたが、一貫して僕はいわゆる世間一般で言うところの『会社人間』にはなることはできなかった。

どこか醒めていたし、常に一歩引いて目で社会を見つめていた。

 

そういった僕の姿勢や態度を「不真面目だ!」と言う人もいた。

「無責任だ!」と言う人もいた。

 

何と言ってもこの国では『勤勉であること』が最大の価値なのだ。

そんなお国柄にあって、僕のような会社や仕事に没入することのない姿勢や態度は、ある人から見れば「けしからん!」ということになるのだと思う。

 

 

だけど今になって思えば、僕の中にそういった『一歩引いた視点』のようなものがあったからこそ、僕は人と違う生き方を選択することができたのだと思う。

 

脱サラ起業する道を選ぶということや、投資家になるということはとんでもなくリスキーな選択だ。

だけど、それをクルッと反転させて違う角度から見れば、それは『とんでもなく自由な生き方』でもあるのだ。

 

そして僕は38歳のときに、間違いなく圧倒的な自由を獲得することに成功した!

 

僕は毎日ストレスフリーのハッピーな毎日を送ることができている。

おかげさまで事業の方もうまくいっている。

 

今の僕には満員電車もなければ、営業ノルマもない。

社内の醜悪な人間関係の悩みとも無縁だ。

 

そういう状態を手に入れることができたのは、僕が学校というものと折り合いをつけることができなかったからなのだ。

 

学校に馴染めなかったからだ。

学校というもの自体にずっと違和感を感じていたからだ。

 

元をたどれば・・・

 

_____だから僕は「ある限定されたもの」に染まることなく、その枠から飛び出すことができたのだと思う。

 

そして、それは(僕の場合は、というエキスキューズ付きではあるけれど)、僕にはとって非常に良いことであったのだ!

 

あるものに「馴染めない」ということは、裏を返せば「無限の可能性が広がっている」ということでもある。

逆に「馴染んでいる」というのは、裏を返せば「それ以外の選択肢を放棄する」ということでもある。

 

だってそこに馴染んでいるんだから。

馴染んでいるということは、そこから一歩も外へ出られないということでもあるのだから・・・

 

世界や日本の偉人伝を読んでも、ロック・スターや映画スターの伝記を読んでも、成功を成し遂げた事業家や投資家たちの本を読んでも、皆、共通した背景を持っている。

 

そういう人たちはまわりの環境と馴染めないで苦しんだ経験を持つ人が非常に多い。

あるいはまわりの人と折り合いがつかず、「変わり者扱い」された経験を持つ人が非常に多い。

 

それはとても興味深いことだ。

 

でもだからこそ彼らはそこから飛び出して、とんでもない偉業を成し遂げることができたのだ!

 

もし『生まれた瞬間から冷暖房完備』だったら、「何かをやってやろう!」なんて気は起きなかったはずなのだから・・・

 

 

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