不動産投資で経済的自由を確立して北海道でセミリタイア生活を送る大家のブログ

サカモトハルキの『僕はこう思う』

サカモトハルキ(映画好き大家さん)。
北海道で5棟74部屋+月極などの大家さんやってる40代ブロガー。
会社経営者。
不動産会社勤務を経て、38歳で経済的自由を確立 。セミリタイア生活へ。
2011年より法人化(法人8期目)
ブログでは「お金」「不動産投資」「人間関係」「教育」などを中心に発信中。
映画と音楽が大好き!
家族と猫とのんびり自由に生きてる小学生男子2人のパパさんです。
国際NGO『プランジャパン』のチャイルドスポンサーもやってます。

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将来の年金不安の対策してる?僕が自分の老後について「全く心配していない」と豪語する理由【完全版】

2018/10/30
 
この記事を書いている人 - WRITER -
サカモトハルキ
北海道で5棟74室+月極Pの大家さんやってます。会社経営者。不動産会社勤務を経て38歳で経済的自由を確立。セミリタイア生活へ。2010年12月より法人化(8期目)。ブログでは「お金」「不動産投資」「人生哲学」をテーマに発信中。映画大好き!奥さん&中1小4男子(あと猫も)とのんびり自由に暮らしてまーす。
詳しいプロフィールはこちら

もう随分前から言われ続けていることですが、僕の親の世代(団塊の世代)が70歳という高齢期に入り、その負担が経済に与えるインパクトが無視できないものになってきています。

 

彼らは70歳をゆうに超えているのにも関わらず、ミック・ジャガーを例に出すまでもなく非常に元気です。

そして人数もハンパなく多い。

 

だから彼らに支給される年金の額も相当な額になるはずです。

 

こうした現状に対して僕ら現役世代はどのように対処すればいいのでしょうか?

 

「もしかしたら年金制度は破綻するのではないか?」

 

____そう考えている現役世代や若い世代はかなりの数いるはずです。

 

でも、僕はそれほど心配していません。

 

企業や政府におんぶに抱っこできる時代はもうとっくに終わったのです。

これからの時代は、自分でサバイブしてゆく力をつけなければいけません。

 

そのためにキーワードとなるのが「投資」「自分のビジネスを持つこと」です。

これらのことを一人一人が真剣に考え、上手にやりさえすればどんな嵐にも耐えられるはずです。

 

実際、僕は不動産投資やネット収入といったいろいろな収入を得る手段を持っています。

サラリーマンではありませんので、自分が勤めている会社が倒産したり、リストラされたりする心配もありません。

 

みなさんはこのことについてどう考えますか?

 

今回はこの辺りのことについて語ってみたいと思います。

 

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いくら一生懸命働いても、結局いちばんトクをするのは自分じゃないということに気づいた

僕は長い間、サラリーマン生活をしてきました。

よく誤解されるのですが、僕はきちんと社会に出て働いた経験があるんです。

学生からそのまま事業家・投資家になったわけじゃないんです。

 

社会に出て働いた経験は僕にとって非常に貴重な経験でした。

やっぱり世の中のことをまったく知らない人は、事業で成功することはできないのではないでしょうか。

 

スティーブ・ジョブズやマーク・ザッカーバーグは本当に稀な例なのです。

 

僕は大学を卒業した後に就職した最初の会社で「リース」の仕事をやり、転職した次の会社では「不動産」の仕事をやりました。

 

僕はそれぞれの会社で一生懸命働きました。

やがて脱サラして会社を去ることになるのですが、決していい加減に仕事をやっていた訳ではありません。

 

ただし、僕はその一生懸命働く中で、だんだん『労働』ということに疑問を感じるようになっていきました。

 

結局、いくら働いても本当にいい想いをするのは僕を雇ってる雇用主です。

従業員という立場でいる限り、本当の意味でトクをすることはありません。

 

社会人になってしばらくした頃、僕はその事実を発見し、とても驚いてしまいました。

その頃から僕の興味は「いかにして出世するか」とか、「いかにして仕事をうまくいかせるか」ということよりも投資や資産運用、自分のビジネスで成功を収めることの方に移っていきました。

 

僕はたくさんそういった関連の本を読みました。

投資やビジネスで実際に成功した人にたくさん会い、いろんな話を聞きました。

 

でもそのことについて語り合える人は、僕のまわりには誰一人としていませんでした。

友達も会社の同僚も、上司も先輩も、親戚も、みんなそんなことよりも「今、目の前にある仕事」のことで頭がいっぱいでした。

 

僕はますます孤立していき、次第に「投資だの、ビジネスだのといった絵空事ばかり口にするヤバい奴」と思われるようになっていきました。

要するに、変わり者扱いをされるようになっていったのです。

 

まあ、それは今でもあまり変わりませんけど・・・

 

会社などで同僚に投資の話をしても、みんな明らかにピンときてないようでした。

同僚の一人は僕に「そんな夢物語ばかり言ってないで、そろそろ現実を見ろよ」と言いました。

 

「夢物語なんかじゃないよ」

「これは決して実現不可能なことじゃない」

投資でメシを食ってゆくことは可能なことなんだよ」

「実際、そうやって生きてる人はいっぱいいるんだよ」

 

____と僕は反論しました。

 

「投資で家族を養っていけるっていうの?」

「もちろんそうだよ」

「お前、バカじゃねぇの。そんなこと本当にできると思ってんの?」

「本気でできると思ってるよ」

 

____同僚は呆れたような顔をしてこう言いました。

 

「投資なんかやめとけって。あんなのギャンブルだよ」

絶対にそんなことやってメシなんか食えっこないから」

家族を路頭に迷わことになるぞ」

 

僕はこう言いました。

 

「もちろん簡単なことじゃないとは思うよ。だけどオレはそうは思わない。考え方が違うんだよ」

 

「それから」と僕は言いました。

 

「投資はギャンブルなんかじゃないぞ!」

 

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一生懸命真面目に働いてさえいれば、会社や政府は本当に面倒を見てくれるのか?

僕が「いつか脱サラするつもりだ」「投資でメシを食っていきたい」という話をするたびに、会社の同僚たちはいつもお互いの顔を見合わせていました。

 

明らかにみんな「こいつ、バカじゃねぇの」という表情を浮かべていました。

 

僕は自分の一生を会社に捧げる気なんかサラサラありませんでした。

自分の貴重な時間をどうして自分以外の第三者のために捧げる必要があるのでしょうか?

 

自分の労働力は自分に跳ね返ってきてほしい。

サラリーマンは労働力に対する見返りが少なすぎるんです。

 

彼らは口々にこう言いました。

 

「会社辞めて、将来不安じゃないの?」

 

僕は驚いてしまいました。

 

僕は同じ言葉を彼らに返したい。

 

「会社のために働いてて、将来不安じゃないの?」

 

____と。

 

でもおそらく彼らと僕とのあいだには大きな大きな溝のようなものがあるのです。

その溝は絶対に埋まることはない。

いつまでたっても平行線のままです。

 

彼らは投資やビジネスといったものにまったく興味がないようでした。

一生懸命働ければ、会社や政府が自分のことを守っってくれるものだと真剣に信じているようでした。

 

だから彼らはまったく心配などしていませんでした。

 

65歳まで真面目に働きさえすれば、あとは年金が支給されるから、その年金で暮らして行けばいいと本気で思っているようでした。

 

実際、彼らはとても真面目で、一生懸命働きました。

よく勉強もしたし、資格を取ることに関しても熱心で、そういったスキルを取得することに関しては惜しみなくお金を投資しました。

 

それはとても素晴らしいことだと思います。

 

僕も『社会人になってからが本当の勉強がはじまる』と心の底から思っています。

 

ただ彼らが学んでいることと、僕が学んでいることとは内容が根本的に違っていました。

彼らはあくまでも自分の仕事上に役に立つであろう学びに熱心に取り組んでいました。

 

それに対して僕の方は自分の投資やビジネスに役に立つであろう学びに熱心に取り組んでいました。

 

彼らはそこで学び身につけたスキルを自分の仕事に活かそうとしました。

僕はそこで学んで身につけたスキルを自分の投資やビジネスに活かそうとしました。

 

どちらもものすごいエネルギーをかけて熱心に取り組んだことには変わりありませんが、そのパワーを注入する場所が全然違うものだったのです。

それが彼らの人生と僕の人生を大きく変えることになるのです。

 

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時代が変わろうとしているのに気づかず、過去の幻想を拭い去ることができないでいる人たち

会社の同僚たちは親世代から教え込まれた『日本的共同幻想』のようなものにまだ酔いしれていました。

 

「年金」というものに対する考え方も僕とは正反対でした。

僕はどちらかと言うと年金というものに対しては悲観的に考えるタイプの人間でしたが、彼らは極めて楽観的に考えていました。

 

「まあ、いろいろあるかもしれないけど、大丈夫じゃね? 今まで大丈夫だったし・・・」

 

____口には出さなくとも、彼らの言葉の端々からはそのような日本の年金制度に対する盲目的な信奉心がありありとうかがえました。

 

でも僕は違いました。

 

僕は『就職した会社に定年まで骨を埋めて、一生真面目に働くだけの人生』というものが沈みゆくタイタニック号のように思えてなりませんでした。

 

日本の年金制度に関しても「これ、相当ヤバくね?」という認識を持っていました。

 

当時はまだ「グローバル化」とか「AI(人工知能)」とかがここまで問題にはなっていませんでしたが、世界が大きく変わろうとしていることだけは僕にもわかりました。

 

これだけ世界が変わろうとしているのに、自分たちだけ変わらないでいられるなんて・・・

そんなこと許されないっしょ!

 

____と僕は思っていました。

 

彼らは『自分たちの雇用が給料の安い外国人やAIに奪われるかもしれない』ということなんて、これっぽっちも考えていないようでした。

 

自分たちが毎月給料をもらっている会社は自分たち65歳になるまで存続し続け、自分たちの年金はきちんと支給されるはずだと本気で考えているようでした。

 

それは僕にはとてもとても危険なことのように思えました。

 

彼らはまったく何の準備もしていませんでした。

僕はいつもまったく危機感のない彼らを見ていて、「こういうのをリスクと言うんじゃないだろうか?」といつも思っていました。

 

だから僕はどの会社でもいつも浮きまくっていました(笑)

誰とも話が合わないんです。

 

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僕は年金制度が破綻しても破綻しなくてもどっちに転んでも大丈夫!

僕は「年金は破綻するのが目に見えているから払う必要はない」とか、「オレの払った年金が自分以外の人のところにまわってしまうのが嫌だから払わない」といったようなことを言いたいわけではありません。

そういった考え方は完全に間違っていると思っています。

 

だから僕はこれから先もきっちり年金を納めていくつもりです。

 

たとえ日本の年金制度が崩壊する局面が訪れたとしても、僕が65歳になってもらえる年金の額が今の年金受給者の半分になったとしても僕は年金を納め続けようと思っています。

そうすることによって社会の秩序が保たれると思うからです。

 

もしも『オレ、年金払うのやーめた!』と言って、大多数の人が年金を払うことはやめてしまったら、この国は破綻します。

そうなったら僕の投資も僕のビジネスもすべておじゃんになってしまいます。

 

そうなったら困る。

非常に困る。

だから大いに僕のお金を使ってほしいと思っています。

 

僕の納めたお金が社会の秩序をキープをすることに少しでも役立っているのなら、僕は喜んでお金を払います。

たとえ自分がもらえなくても一向に構いません。

 

ただし、そのことと自分の老後の問題を『政府がなんとかしてくれるだろう』と考えることとは別です。

 

僕がサラリーマンをしていた頃、一緒に働いていた同僚たちは「なんだかんだ言って、老後は政府がオレたちの面倒を見てくれるはずだ」という考えに沿って働いていました。

 

だから彼らは定年退職した後は、「政府からの援助(=つまり年金)があって当然だ、然るべきだ」と考えていました。

 

でも僕はまったく別のことを考えていました。

 

年金は払う。

年金は払うけれども、そのことと自分が老後を迎えた時に政府からの援助を頼ることとはまったく別のことだ!

 

____と考えていました。

 

年金は支給されるかもしれないし、支給されないかもしれない。

支給されるかもしれないけれど、大幅に減額されるかもしれない。

 

支給される年齢が65歳ではなく、70歳になるかもしれない。

 

それはその時になってみないとわからないことです。

「あてにする。」ということは最も危険な考え方です。

 

もしもそのあてが外れたら、いったいどうやってそれをカバーしたらいいのでしょうか?

 

僕は「どんなことをしてもサヴァイヴしていこう」と思っていました。

年金制度がダメになっても、慌てふためくことのないようにきっちり準備しておかなければならないと思っていました。

 

だから僕は投資をはじめたのです。

自分のビジネスを用意し、いざという時に備えておこうと考えたのです。

 

就職した会社で一生懸命仕事をすることは何も悪いことではありません。

大いにやればいい。

 

しかし、それと同時に自分の老後の備えもきっちりやっておかなければならない。

 

『65歳までがむしゃらに働いて、後は政府からの年金を頼る』という生き方はすごく危うい生き方のように僕の目には映りました。

でも僕のこの僕らの世代の老後に対する捉え方は、いささか悲観的すぎるのかもしれません。

 

僕らの親の世代(団塊の世代)がそうだったように、僕ら団塊ジュニアも年金は満額支給され、悠々自適な老後を送ることができるのかもしれません。

そうなったら僕の努力は「まったくの無駄骨だった」ということになるでしょう。

 

その時はあっさりと僕は自分の間違いを認め、大人しく年金をもらって静かな余生を送ることでしょう。

 

でも、もしも僕が正しかったら?

僕が心配するような世の中がやってきたら?

 

年金制度が破綻し、僕らの親の世代がもらったような金額の年金を受け取ることができなかったら?

年金を受け取る年齢が引き伸ばされ、65歳で定年退職したあとも、どこかで働きに行かなければいけなくなったら?

 

____どっちに転んでも僕は大丈夫だと思います。

 

年金もきっちり積み立てているし、投資もやっているので自分の力で生活費を稼ぐこともできます。

そりゃ、年金制度が今のまま維持していってくれた方が嬉しいですけどね。

 

そうなれば「年金」「投資からのリターン」ダブルの収入があるわけですからね。

 

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なぜ多くの人は投資や自分のビジネスをやることに嫌悪感を抱くようになったのか?

僕はときどき『すべては巨大な陰謀だったのではないか!?』と思うときがあります。

 

いやいや、僕は決して陰謀論者ではありません。

フリーメイソンとかイルミナティとか、そんなことはどうでもいい。

 

ただ

 

あまりにも多くの人が(結果的にはあるけれど)、あまりにも大事なことに気づかなすぎではないだろうか!

 

____と思うときがあるのです。

 

キャリアアップだとか、スキルアップだとか、コミュニケーション能力だとか、プレゼンテーション能力だとか、リーダーシップだとか、etc・・・

 

僕が会社で働いていた頃にも(多分今でも)いろいろな言葉が飛び交っていました。

それらの言葉は一見すると働いている本人のためのような言葉のように見えて、結局は企業やその企業の経営者が喜ぶようなものだったのではないか?

 

____と思うのです。

 

確かに僕が働いていた頃にもすごい資格をたくさん保有して、大企業でバリバリ働く人はいました。

だけど、その「バリバリ」は結局のところ、その人が働いている会社を喜ばしただけなのではないか?

 

どんなにその人が何千万円もの年収を稼いだとしても、その人はどこまでいっても雇われの身で、いちばんおいしい想いをしているわけではないのではないか?

 

じゃあ、いちばんおいしい想いをしたのは誰か?

 

その人がスキル・アップをし、そのスキルを仕事に活かしてくれることによっていちばん儲かるのは誰か?

その人が余計なことを考えず、目の前にある仕事に黙々と取り組んでくれることによっていちばんトクをするのは誰か?

 

『陰謀』という言葉は適切ではないかもしれませんが、「サラリーマン」という枠組みから自由になって初めて僕は世の中のいろいろな仕組みが見えてきました。

 

それは実に巧妙に作られています。

一見すると、それが罠であるなんてわかりません。

 

でも、よくよく考えてみたら、それは明らかに罠であり、多くの人がその罠にハマって身動きが取れなくなっている

少なくとも僕にはそう見える。

 

子どもには「お金というものは汚いものだ」と教育し、「社会人になったら真面目に働くのだ」と洗脳する。

 

社会人になってからも投資や資産運用、あるいは自分で事業を興すことのマイナスの側面ばかりを見せて、「それらのことは危険なことだ」多くの人に恐怖を植えつける。

 

投資でメシを食ってるような人は「怪しい」と言い、ホリエモンのように若くして成功したような経営者のことをみんなして引きずり降ろそうとする。

 

そうやって新規参入を阻み、大人しく真面目に働いてくれる労働者が量産されることを望む。

 

____そういうおじさんたちが確実に存在することをあなたはどう思いますか?

 

日本は膨大な借金を抱えています。

国債もいつ暴落するかわからない状態にあります。

 

そんな中で、「オレは真面目に一生懸命働いてきたんだから、きっと企業や政府はオレの面倒をみてくれるはずだ」と期待すること

 

_____それはホリエモンなんかよりもよっぽど危険なことなのではないでしょうか?

 

会社の同僚たちにこの話をしても、誰も真剣に僕の話を聞いてくれませんでした。

クラスメートたちにこの話をしても、誰もわかってくれませんでした。

 

「お前、心配しすぎなんじゃない?」

「日本がダメになるわけねぇじゃん」

「なんだかんだ言って、最後は政府がオレたちの面倒をみてくれるんだって」

「大丈夫、大丈夫、お前が言ってるようなことがことなんか起こりっこないから」

etc

 

_____僕は彼らの言ってることが正しいことであることを心の底から願っています。

 

何の準備もしていない彼らは、ただ『大丈夫』というひと言に自分の全財産を突っ込むつもりらしいです!

 

彼らが保有してる『スキル』ってやつが、これからやってくるであろう大嵐に役に立つことを切に願うばかりです。

 

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年金制度が給付型から確定拠出型に変わったことが意味しているものとは何か?

グローバル化が進む世の中において企業のあり方も様変わりしました。

 

以前の企業は「従業人の働く場所」だったのに対して、これからの企業は「株主に利益をもたらす存在」へと変貌を遂げてゆくことでしょう。

 

企業年金も以前は給付型だったのに対して、これからはきっと確定拠出型が主流になってゆくはずです。

 

これはいったい何を意味しているのでしょうか?

 

これはもうあなたの勤める会社があなたに対して、「もうお前の年金のことなんかうちの会社は面倒みないよ!」と言っていることと同じことなのです。

 

あなたの年金がどうなるかはすべては市場次第。

株価次第。

その運用の実績に応じてあなたの年金支給額は決定される。

 

_____つまり、確定拠出型というのはそういうことなのです。

 

この変化は天地がひっくる変えるほどの大きな変化です。

しかし、多くの人はそのことに気づいていません。

未だにピンときていません。

 

いやそれどころか、それがどういうことを意味しているのか?ということさえも知らないまま働いている人も大勢いるのです。

 

確定拠出型というのは、それまでの給付型とはまったく別のものなのです。

 

もしも株式市場が暴落したら、いったいどうなるのでしょうか?

その暴落によって年金の支給額が減らされたり、年金が支給されなくなったらどうなるのでしょうか?

 

仮にそうなったら、その年金を当てにしていた人々の生活はどうなるのでしょうか?

そういう人たちはいったい何を当てにして老後を過ごせばいいのでしょうか?

 

年齢を重ねると、医療費の負担は間違いなく増えます。

介護にかかる費用だって多くなるでしょう。

 

もしもそれら老後にかかるお金が市場の暴落によって十分なものでないものだったら、あなたはどのような形でその不足分を埋めますか?

 

確定拠出型のシステムは決してバラ色のものではないのです。

この新しいタイプの年金プランは多くの人の人生をめちゃくちゃにしてしまう危険性をはらんでいます。

 

しかもそれらすべては『自己責任だ!』というのです。

 

悪いのは会社や政府じゃない

そのことは最初からわかっていたはずだ

だから一生懸命働いて、自分の勤める会社の利益を確保する努力をしろ!

 

____というわけです。

 

僕は自分の食いぶち分ぐらいは自分で確保しようと思っています。

 

幸い僕の場合、不動産投資もやっているし、積立型のインデックス投信もやっているし、ブログからのネット収入もあります。

 

僕には勤めている会社というのはもともとありませんので、もしも受け取る年金がゼロになったとしても何とか食いつないでゆくことはできそうです。

 

でもすべての人が僕みたいな状態にいるわけではありません。

 

だから僕は必死になって多くの人に「嵐が来るぞ!」「備えておけ!」と声を枯らして訴えているのに彼らは一向に僕の言葉に耳を貸そうとしません。

 

『会社のために身を粉にして一生懸命働く』というギャンブルに自分のすべてを賭けようとする人々。

彼らはいったいどれくらい真剣にこの事態を捉えているでしょうか?

 

まさかとは思いますが、このままずっと株価は高止まりで推移し、自分たちが引退した後も市場は一回も暴落することがないと思っているわけではないでしょうね・・・

 

そんなことは絶対にありませんよ。

市場はやがて必ず暴落するはずです。

 

____それはいつのタイミングで起こるのかは分かりません。

 

何がきっかけで起こるのかも分かりません。

分からないけれど、それは必ず起こります。

そしてその必ず起こることに対して多くの人はあまりにも無防備で、無頓着です。

 

その嵐を乗り越える唯一の方法である『投資』や『資産運用』や『自分のビジネス』といったものに対しても、『胡散臭い』のひと言で片付け、これっぽっちもその可能性について勉強しようとはしていません。

 

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元気で大量の数を有する「団塊の世代」が人類にもたらすインパクトはいかなるものであるか?

すでにあちこちで言われていることですが、僕たちの親の世代(団塊の世代)の人たちが今、70歳を超えつつあります。

 

ミック・ジャガー、ポール・マッカートニー、キース・リチャーズ、エリック・クラプトン、ビートたけし、村上春樹、村上龍etc・・・

 

____この人たちを見ても分かる通り、団塊の世代の人たちはまだまだ元気です。

そして人数がハンパなく多い。

 

これはどういうことを意味しているのかというと、『それだけ年金を受給する人が多く、そしてその受給期間は長期にわたる』ということなのです。

 

彼らはこれからもしばらくの間は元気に生き続けることでしょう。

その間、年金は満額支給され続けるはずです。

 

そのことは確実に経済に暗く重い影を落とすことになるでしょう。

 

僕は別に恐ろしい未来を予言して人々を怖がらせようとしているわけではありません。

親世代に喧嘩をふっかけようとしているわけでもありません。

 

でもこのベビーブーマーたちの数の多さと元気の良さは、『ちょっとした脅威』となって人類を襲うはずです。

 

これは日本だけに起きてる現象ではありません。

第二次世界大戦という全地球規模で起こった悲劇は、70年後にこういった形でもう一度人類に悲劇をもたらそうとしているのです。

 

なぜ彼らはたくさん生まれたのか?

それは戦争のせいです。

 

戦争が終わった後、どうにかこうにか生き残って帰ってきた兵士たち。

彼らは「生命の危機」というものを誰よりも感じたはずです。

 

生物というのはその生命の危機を感じれば感じるほど本能的に『子孫を残そう!』と思うものです。

 

僕たちのDNAはそのようにプログラミングされているのです。

だから兵士たちは戦争から帰ってきた後にたくさんの子供を作ろうと思ったのです。

 

その子供たちがミック・ジャガーや村上春樹の世代(団塊の世代)の人たちなのです。

 

今、日本だけでなく全世界的に株価は非常に高く推移しています。

 

こんなに問題だらけの世の中で、各国はこんなにいっぱい負債を抱えているのにアメリカの企業も日本の企業も空前の増収増益を更新し続けています。

 

だから僕たちはついつい錯覚をしてしまいがちになります。

 

すべてがうまくいってるんじゃないか

 

____と。

 

でもよくよく目を凝らせば、今のこの状態がハウス・オブ・カードであることは間違いありません。

誰かが一枚のトランプを抜き取った瞬間、トランプのお城はパタパタと音を立てて崩れ去っていくことでしょう。

 

企業がどんなに内部留保を溜め込んでいたって、消費者が倒れて誰も商品やサービスを買わなくなったら、企業の業績も一気に悪くなります。

 

今はまだ大丈夫です。

最悪の局面はまだ訪れないでしょう。

だけど、常に警戒だけは怠ってはいけません。

 

僕たちは常に時限爆弾を背負いながら生きているのです。

 

団塊の世代の人たちは、給付型の年金プランの恩恵を受けることのできる最後の世代ということになるでしょう。

彼らは人類史上最も恵まれた世代として後世語り継がれてゆくはずです。

 

でも僕たち団塊ジュニア世代は彼らみたいな恩恵はどうも受けられそうもありません。

おそらく僕らが引退をする頃には、すっかり世の中は変わってしまっていることでしょう。

 

給付型の年金プランなんてものを採用している企業は、ほとんどゼロに近い状態になっているかもしれません。

その頃には大多数の企業は確定拠出型の年金プランに移行していることでしょう。

 

そして、多くの人が株式市場の動向によって自分の人生が決められてしまうような世の中を生きていることでしょう。

 

僕ら団塊ジュニアの世代は今、40代半ばです。

65歳まで後20年ほどしかありません。

団塊の世代ほどではないにせよ、僕ら団塊ジュニアの世代もかなりの数います。

 

さて、そうした現状に対してあなたはどのような対抗手段を持っているでしょうか?

 

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まとめ

いかがでしたでしょうか。

 

今回はこれからの時代を賢く生き抜くためにはただ会社のために真面目に働いているだけではいけないというお話をさせていただきました。

 

僕は投資や資産運用、あるいは自分のビジネスといった今まであまり評価されてこなかったものがこれからの時代はますます重要になってゆくと思っています。

 

日本人の多くはお金の話をするのは良くないことだと親から教えられて育ちます。

 

だから僕がかつて勤めていた会社の同僚たちも僕がいくら「投資をやりたい」「ビジネスをやりたい」と言っても誰も真剣に耳を傾けませんでした。

 

多くの人たちは「真面目に働いて年金をもらう」という人生設計に何の疑いも持っていませんでした。

 

でもグローバリゼーションの世の中に入り、多くの人が『今まで通用していたことが通用しなくなった』ということを実感していることでしょう。

 

僕はこれからの時代は誰もが投資や資産運用、自分のビジネスといった僕たちの親世代が忌み嫌っていたものをやらざるを得ない時代にますます入ってゆくと思っています。

 

ぜひ皆さんもそのあたりのスキルを身につけてこの荒波を乗り切って行ってください!

 

 

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