不動産投資で経済的自由を確立して北海道でセミリタイア生活を送る大家のブログ

サカモトハルキの『僕はこう思う』

北海道で5棟74部屋+月極などの大家さんやってる40代ブロガー。会社経営者。
不動産会社勤務を経て、38歳で経済的自由を確立 。セミリタイア生活へ。
2011年より法人化(法人8期目)
ブログでは「お金」「不動産投資」「人間関係」「教育」などを中心に発信中。
映画と音楽が大好き!
家族と猫とのんびり自由に生きてる小学生男子2人のパパさんです。
国際NGO『プランジャパン』のチャイルドスポンサーもやってます。

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【考え方を変えてみよう!】 劣等感を克服しようとしない方が人生がうまくのはなぜか?

2018/06/08
 
この記事を書いている人 - WRITER -
サカモトハルキ
北海道で5棟74室+月極Pの大家さんやってます。会社経営者。不動産会社勤務を経て38歳で経済的自由を確立。セミリタイア生活へ。2010年12月より法人化(8期目)。ブログでは「お金」「不動産投資」「人生哲学」をテーマに発信中。映画大好き!奥さん&中1小4男子(あと猫も)とのんびり自由に暮らしてまーす。
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僕は自慢じゃないけど、劣等感のかたまりだった。

それは今も基本的には変わってない。

 

僕は今でも劣等感を抱えたまま生きている。

それは克服されることのないまま今でもずっと僕のとなりに横たわっている。

 

しかしながら、僕はこの劣等感のおかげでこうして毎日をハッピーに生きることができているとも思っている。

実に不思議な話だけれど・・・

 

僕をここまで運んできてくれたのは、紛れもなく僕の劣等感のおかげだ。

劣等感は最強の武器になりうるのだ。

それは僕たちを苦しめるものであると同時に、僕たちを救済してくれるものでもあるのだ。

 

劣等感は誰もが持っている。

しかし、その劣等感をプラスに変えることなく終わってしまうケースがほとんどだ。

 

中には劣等感のせいで完全にこじらせてしまっている人もいる。

そして鎖につながれたまま牢獄から出られなくなってしまってる・・・

かつての僕もそうだった。

 

僕は劣等感をなんとか克服しようとしてばかりいた。

それはいつか克服し、乗り越えなきゃいけないものだと思い込んでいた。

劣等感は問答無用で悪いものであり、徹底的に排除しなきゃいけないものだと思い込んでいた。

 

しかし、今は違う。

今は劣等感というのは克服できないものであり、排除できないものだと思っている。

 

これについては異論もあるだろう。

「オレは自分の中にある劣等感を克服した経験があるぞ!」と言う人も中にはいるだろう。

 

もちろんそういう人がいてもいい

僕たちは人生をいかにハッピーに生きるか?のゲームをしているのだ。

 

人生をハッピーに生きるためのアプローチがそれぞれ違っていても全然構わない。

マッチョなやり方で、力尽くで人生を切り開くタイプの人もいる。

 

でも僕の場合は、そういうアプローチは取らなかった。

試してはみたけれど、全然効果がなかった・・・

 

 

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僕は劣等感というものを敵対視するのではなく、『受け入れる』というアプローチを採用した。

 

「劣等感は今までもずっと存在してきたし、これからもずっと存在してゆくのだ」と考えてみたのだ。

それは克服したり、乗り越えたり、排除したりする必要のないもの。

空気と同じように常に僕のそばにあるもの。

 

____そういうふうに考えたら、すごくラクになった。

 

僕の場合は「勉強ができなかった」ということが最大の劣等感であった。

僕は落ちこぼれだった。

だから、いわゆるエリート・コースってやつをあきらめざるを得なかった。

 

いい大学に行って、福利厚生のしっかりした待遇のいい大企業に就職する

 

____この王道路線を僕は歩むことができなかった。

 

そのことで僕はものすごく苦しんだ。

でも結果的にはそのことは僕の人生を良い方向へ導いてくれた!

 

僕の両親は二人とも学校の先生だった。

二人とも勉強ができたし、二人ともいい学校を卒業していた。

 

ついでに言うと、僕のおじいちゃんとおばあちゃんも優秀だった。

おばあちゃんも学校の先生だったし、おじいちゃんに至ってはパイロットだった。

 

つまり僕は何を言いたいのか?

僕の家族の中で、僕一人だけが勉強ができなかったということだ!

 

今にしてみれば「そんなことぐらいで・・・」「そんなくだらないことで・・・」と思えるような悩みである。

でも当時の僕にとってはとても深刻な悩みだった。

 

勉強ができないという劣等感は僕から自信を奪っていった。

次第に僕は「オレは何をやってもダメな人間だ・・・」と考えるようになっていった

 

自分は何をやってもうまくいかず、何をやっても失敗ばかりする人間なんだと僕は本気で思っていた。

社会人になってもずっとそう思っていた。

 

よく言われることだが、劣等感というのは「誰かと比べる」というところはじまる。

いわゆる『比較』ってやつだ。

 

そう言われてみると、僕はずっとまわりにいた家族と自分を比べていたような気がする。

勝手に比較して、勝手に傷ついていたような気がする。

 

この比較ってやつはとても厄介だ。

コレによって苦しんでる人がたくさんいる。

それでも僕たちはどうしても人と比べてしまう。

そして「あそこは優ってる」とかあそこは劣ってる」とか、そういうくだらないことに一喜一憂する・・・

 

それがいかにくだらなく、不毛なことであるか今ならよくわかる。

だけど当時の僕はよく分かっていなかった。

 

あの頃の僕は必死になって劣等感を「隠そう」「隠そう」とばかりしていたような気がする。

だから仕事でいい成績を上げようと必死に頑張ってみたり、何か資格を取ろうと苦手な勉強をしてみたりした。

 

自信がないくせに妙にプライドだけは高くて、いつもまわりの目ばかりを気にしていた。

金もないくせにブランドものの服ばかり買って着飾ったりしていた。

 

____それらのことはすべて劣等感(コンプレックス)をカムフラージュするためのものだった。

 

ところが肝心要の劣等感の方は消えてなくなることはなかった。

いやそれどころか、こちらが躍起になればなるほど余計に浮き彫りになった。

着飾り、お化粧をすればするほど、ますます劣等感を強く意識せざるを得なかった。

 

僕はつくづくそういう生き方が嫌になってしまった。

そういうふうに本当の自分を偽って生きるのに疲れ果ててしまったのだ。

 

僕はどんどん追い詰められていった。

ある日、僕は心とカラダのバランスを崩し、立っていられないほどの激しいめまいに襲われた。

具体的に言えば、僕は自律神経失調症になってしまったのだ。

 

でもそれは僕にとって良いことであった。

そこから僕はV字回復をするのだ!

 

僕は自分の過ちに気づいた。

僕は劣等感を克服することを諦めた。

その代わりに、「この劣等感こそが僕なのだ!」と開き直ってみることにした。

 

僕は自ら積極的に自分の弱さや情けなさを人にさらけ出すようになっていった。

自分がいかに勉強ができなかったか、自分がいかに情けない人間であるか、自分がいかに弱い人間であるか、etc・・・

 

自律神経失調症になったこともひっくるめて、全部洗いざらい人に話すようになった。

それまで僕はどちらかと言うと「無口でおとなしいキャラ」だった。

 

でも僕はそこでキャラを大きく変えてみようと思った。

それまでのネチネチしていた自分が嫌で嫌でたまらなかった。

もっと大雑把で、豪快で、自由奔放な人間になってみたかった。

 

明るく、おもしろく、よく喋り、フレンドリー

無責任で、わがままで、自分勝手

etc・・・

 

それまでの自信なさげにボソボソ喋るだけの気弱な自分を封印してみた。

 

____そしたら嘘みたいに人生が好転しはじめたのだ!

 

心が軽くなり、自分に自信が持てるようになった。

以前よりもポジティブに物事を捉えられるようになった。

そして(これがいちばんの驚きだったのだが)、異性から格段に好かれるようになった!

 

今の奥さんと出会ったのもちょうどその頃だ。

僕が不動産投資という鉱脈を発見したのもちょうどその頃だ。

 

僕は考えた・・・

 

僕は勉強ができない

サラリーマンとしてもそれほど優秀ではない

これといった資格も持っていない

このままサラリーマンを続けていても、僕には未来はない

でも脱サラして、自分で事業をやれば未来は開けるかもしれない

投資や商売の世界は学歴は関係ない

資格の有無も関係ない

投資や商売の世界はこの世で唯一、オレみたいな人間でも輝ける場所なのかもしれない!

 

____そして僕は『不動産投資』というものと運命的に出会うのである。

 

人にはそれぞれ輝ける場所というものがある。

そこに行けば水を得た魚のようにイキイキと生きることができる!という場所がある。

 

勉強ができる人は、勉強ができる人が輝ける場所へ行けばいい。

裕福な家に生まれた人は、裕福な家に生まれた人が輝ける場所へ行けばいい。

 

僕には僕の場所があるはずだ!

 

劣等感は克服したり、やっつけたりするものではない。

それは克服することなんかできないし、やっつけたりもできないものなのだ。

 

劣等感はずっとそこに留まり続ける。

逃げても逃げても、それはまるで影のようについてまわるものなのだ。

 

もう諦めよう!

諦めて、劣等感と共に生きてみよう。

 

劣等感から逃れることはできないけれど、僕たちは劣等感から何かを学び取ることはできる。

何かを学び取り、その学び取ったことを自分の人生に生かすことはできる。

 

劣等感とはその人の『個性』なのだ!

それは恥ずべきことでも何でもないのだ!!

 

 

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