不動産投資で経済的自由を確立して北海道でセミリタイア生活を送る大家のブログ

サカモトハルキの『僕はこう思う』

サカモトハルキ(映画好き大家さん)。
元不動産会社のサラリーマン。
現在、北海道で5棟74室+月極Pの大家として活躍中
2010年12月より法人化(8期目)
ブログではお金、不動産投資、人生哲学、映画や本のレビュー記事などを発信中。
最近、株式投資もスタート。
奥さんと中1小4男子と猫と自由にのんびり暮らしてまーす。
国際NGO『プランジャパン』のチャイルドスポンサーもやってます。

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【チャレンジ精神を忘れるな!】「リスク」という言葉が死語になりつつ現状について僕が思うコト

2018/10/20
 
この記事を書いている人 - WRITER -
サカモトハルキ
北海道で5棟74室+月極Pの大家さんやってます。会社経営者。不動産会社勤務を経て38歳で経済的自由を確立。セミリタイア生活へ。2010年12月より法人化(8期目)。ブログでは「お金」「不動産投資」「人生哲学」をテーマに発信中。映画大好き!奥さん&中1小4男子(あと猫も)とのんびり自由に暮らしてまーす。
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日本は戦争に負け、焼け野原になった。

だから裸一貫で頑張るしかなかった。

 

とにかく何もないのだ。

そこには安定もなければ、安全もない。

 

リスクを取るしかなかった。

それより他に選択肢がなかったのだ。

そういった背景の中からソニーやパナソニック、トヨタやホンダが誕生した。

 

とにかくやるしかなかったのだ。

前を向いて突き進むしかなかった。

立ち止まることも、下を向くことも、後ろを振り返ることもできなかった。

 

そういったハングリーさが日本が経済大国になる原動力になった。

 

僕たちが失ってしまったものは、お金でもなければ国際競争力でもない。

『ハングリーさ』だ!

 

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松下幸之助さんや本田宗一郎さんたちは積極的に「リスク」を取りに行った

僕は不動産投資なんてものをやって生計を立てている。

かなり珍しい生き方をしていると僕でも思う。

 

不動産投資をやるためには、もちろん銀行から何億円にも及ぶ借金をする必要がある。

これはかなり特殊なことだ。

 

おそらくみなさんのまわりでそんなにたくさんの借金をしている人はいないはずだ。

そして、もしもそういう人がまわりにいたら、みなさんはきっとその人のことを奇異な目で眺めることだろう。

 

だから僕は必然的にアウトサイダーにならざるを得なかった。

孤独にならざるを得なかった。

 

僕はどこの組織にも属しておらず、何の後ろ盾もない。

頼れるのは自分の才覚のみだ。

 

もしも一つでも判断を誤ったら、奈落の底に落っこちることになる。

それはかなりリスキーな生き方だ・・・

 

普通の日本人ならそういうリスキーな道は選択しない。

 

しかしながら、ここで考えてもらいたいことがある。

戦争に負け、焼き野原になった日本。

そして、その何もない状態の中から誕生したソニーやパナソニック、トヨタやホンダといった日本企業たち・・・

 

彼らもまた巨大なリスクを抱えたのだ。

「リスキーな選択」という意味ではその額にしろ、スケールにしろ僕の比ではない。

 

もちろん彼らもまた銀行から多額の借金もした。

松下幸之助さんや本田宗一郎さんが背負った借金は僕とは比べものにならないくらいだろう。

 

もしも一歩でも間違ったら、とてもじゃないけど自分の力だけでは返済しきれない。

いくら松下幸之助さんや本田宗一郎さんだって・・・

 

借りる方も借りる方だけど、貸す方も貸す方である。

 

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This is 日本的価値観との闘い

僕は何も自分と松下幸之助さんや本田宗一郎さんたちを同化させたいわけではない。

僕と彼ら偉人たちとでは月とスッポン(いや、それ以上の)ほどの開きがある。

 

ただ『リスクを背負った者同士』という意味においては、立場はどちらも同じだ。

僕も松下幸之助さんも、サラリーマンや公務員といった給与所得者ではない。

 

ついでに言うと、ビル・ゲイツも、スティーブ・ジョブズも、ウォーレン・バフェットも、ジェフ・ベソスも、サラリーマンや公務員といった給与所得者ではない。

僕らは事業家であり、経営者の立場だ。

 

それは給与所得者とはまったく違う生き方なのだ!

 

おそらく松下幸之助さんも本田宗一郎さんも、相当まわりから変わり者扱いされたはずだ。

いくら日本じゅうが焼け野原になり、何をやっても許されるような土壌になっていたとはいえ、日本的価値観そのものは今と大して変わりはないような気がする。

 

この国では何よりも『和を以て尊しとなす』が重要視される。

『出る杭は打たれる』が我が国のテーゼなのだ。

 

当時だって同調圧力のようなものはきっとあったはずだ。

山本七平も書いているが、当時だって日本独特の「物言わぬ空気感」のようなものはあったはずだ。

 

きっと松下幸之助さんも本田宗一郎さんも大変だったと思う。

そういう同調圧力や物言わぬ空気感に負けそうになったときもあったと思う。

 

しかしながら彼らは突き進んだ!

ソニーやパナソニック、トヨタやホンダ、ヤマハやコマツといった企業の創業者たちは勇猛果敢に前進していったのだ。

 

彼らはきっととても孤独だったと思う。

どんなにたくさんの社員に囲まれていたとしても、とても孤独だったと思う。

僕は彼らの孤独感がよく分かる。

 

スケールは違えど、経営者や事業家はみんな同じ孤独感を抱えているのだ。

それは給与所得者の人には理解できない孤独感だ。

 

僕は毎日、いわゆるThis is 日本的価値観』と闘っている。

なかなか手強い相手だ。

 

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僕が闘っている「リスク」を極端に嫌う日本的価値について

果たして松下幸之助さんたちが会社をおこした時にはリスクという言葉は存在していたのだろうか?

それは分からない。

だけど、これだけは分かる。

 

彼らはリスクを積極的に取りに行ったおかげで成功することができたのだ。

あの世界的な大企業群は、彼らがリスクを背負ったから誕生したのだ。

 

もしも彼らがリスクというものを嫌い、そのまま勤め人を続けていたらいったいどうなっていただろうか?

おそらく、ソニーという会社も、パナソニックという会社も、トヨタという会社も、ホンダという会社も存在していなかったはずだ。

 

同じようにAmazon、アップル、Google、スターバックス、Twitterといった今をトキメクような企業群たちも存在していなかった。

こういった会社の創業者たちは、どこかの時点で巨大なリスクを背負った。

 

そのチャレンジ精神が今日の栄光をもたらしたのだ。

 

孫正義さんがつくったソフトバンクなんて14兆円もの借金を背負っている。

アップルの純有利子負債はとんでもない金額だ。

それらはすべて「リスク」だ。

 

少なくとも『いい大学に行って、いい会社に入って・・・・』的な価値観に基づいて生きてる人から見れば、それは「ありえない!」と思えるくらいのリスクに見えることだろう。

しかし、リスクというものを背負わなければAmazonもアップルもユニクロも誕生していなかったこともまた事実!

 

僕は今、いちばん重要な言葉はこの「リスク」という言葉だと思っている。

それなのに日本ではこの言葉は最も忌み嫌われる言葉として常にぶっちぎりの1位となっている!

 

日本ではその言葉は完全にネガティブなワードとして捉えられ、その言葉を耳にした途端、人々は顔を曇らせてしまう。

 

リスクを背負う人はとにかく変わり者であり、

アウトサイダーであり、

世捨て人であり、

オレたちとは違う人種だ!

______そう考えて断絶してしまう。

 

僕が闘っているのは、そういう世間の常識だ。

日本独特の同調圧力や空気感だ。

 

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日本が変わるチャンスがいくつもあった

バブルが崩壊したとき、リーマン・ショックが起こったとき、あるいは東日本大震災が起こったとき、etc・・・

僕はてっきり日本人のそういうリスクを嫌う傾向みたいなものが「もしかしたら変わるのではないか?」と期待していた。

 

『アメリカン・ドリームを夢見て突き進むフロンティア・スピリット』というところまで行かなくてもいい。

でも少なくとも旧態依然としたThis is 日本的価値観から脱却できるのではないかと淡い期待を抱いていた。

 

日本独特のシステムみたいなものが機能不全におちいり、その代わり、まったく新しいものが誕生するのではないかと思っていた。

ところが僕の淡い期待はものの見事に裏切られることになった・・・・

 

日本はその後、どんどん保守化していった。

国民はますます安心安全を求めるようになり、何かにチャレンジしようとする人間が極端に少なくなった。

 

ゆとり教育は失敗に終わったことにされ、学歴社会は再び息を吹き返した。

就職戦線は「異常なし」となり、売り手市場の煽りを受けて学生たちは喜び勇んで大企業へと就職していった。

そしてすんなりと社会に溶け込み、そのシステムに馴染んでいった。

 

誰もそのことに疑問を感じる人はいなかった。

もう「自分探し」をする若者すらいなくなってしまった。

 

バック・パッカーで世界じゅうを旅するどころか、若者たちは国内旅行にすら行かなくなった。

自分の人生について思い悩んだり、夢に向かって情熱を傾けたり・・・・・とにかくそういうことはすべて「ウザったい!」ということになってしまった。

 

僕はてっきりそういうThis is 日本的価値観というものは崩壊すると思っていた。

だが崩壊するどころか、ますます強まるとは夢にも思わなかった。

 

リスクという言葉は僕が学生だった頃にも存在していた。

だけど僕が学生だった頃にはこの言葉は今よりももう少しグラマラスな意味で使われていたような気がする。

 

「あの人はリスクをおかしてまでやりたいことを追求してカッコいいわ!」といったような、もう少しポジティブな意味で使われていた。

ところが今はどうだろうか?

 

リスクという言葉は今ではもう完全に死語になってしまった感がある。

それは「借金」とか「うつ病」とか「ひきこもり」などと同じようなネガティブ・ワードになってしまった。

 

僕のように『リスクをおかして何かをやろう』とするヤツは、今では完全にアホ扱いだ。

 

完全地帯にいればこんなにラクチンなのに

わざわざリスクなんてもの背負い込む必要なんかないのに

______そのようなニュアンスがある。

 

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「リスク」というなぜ死語になってしまったのか?

みなさんはリスクという言葉をどのように捉えているだろうか。

「危険」と捉えているだろうか。

「愚かなもの」と捉えているだろうか。

 

僕はリスクという言葉には今でも夢やロマンを感じる。

それは僕にとっては相変わらず魅力的な言葉であり、この世でもっとも大事な言葉の一つでもある。

 

「いちばん希望を感じる言葉のひとつ」でもある。

 

僕はリスクという言葉を世間一般で捉えられているようには捉えていない。

 

僕をここではないどこか素敵な場所へ連れていってくれる素晴らしい魔法のようなもの

_____と捉えている!

 

思えば松下幸之助さんも本田宗一郎さんもリスクをおかした。

スティーブ・ジョブズも、ジェフ・ベソスも、ビル・ゲイツも、ウォーレン・バフェットもリスクをおかした。

 

トーマス・エジソンも、ライト兄弟も、ビートルズも、坂本龍馬も、etc・・・・・みんなみんなリスクをおかした。

 

リスクを背負ったから彼らは栄光を手に入れることができたのだ。

リスクをおかしたから彼らは夢を実現させることができたのだ。

 

彼らはただ家に閉じ篭って暗い部屋の中でじっとしていたわけではなかった。

家の外に飛び出し、思いっきり行動した。

 

銀行から何億、何十億、何百億という借金をした。

何千人、何万人という従業員を雇った。

 

それはみんな正真正銘のリスクだ。

そんなリスクをおかさず、黙って真面目に働いてさえいれば、もしかしたらある程度は出世することができたかもしれない。

 

(現在に照らし合わせてみれば)部長くらいにはなれたかもしれない。

いや、もしかしたら専務や常務といった役員クラスまで出世したかもしれない。

 

だけど彼らはそういった道は選ばなかった。

リスクを背負い込むことを恐れなかった。

 

いや、むしろ積極的にリスクを取りに行った。

 

僕は思う。

今、失われてしまったのはそういった感覚だ!

 

日本では自営業の数が先進国でもっとも少ないことで有名だ。

オール・サラリーマン化してしまったのだ。

オール・公務員化してしまったのだ。

 

経営者になることよりも、従業員になることを良しとする社会

マーク・ザッカーバーグやハワード・シュルツになることよりも市役所に勤めることを目指す社会

 

______それはいったい何を意味するのだろう?

 

もう一度、そのことを考えなおす時期に来ているのではないだろうか。

とかといった言葉もまた「リスク」という言葉同様に死語になりつつある。

 

そのことを喜んでる層も一定数いる。

「あいつはサラリーマンをDisった」とか、「こいつにサラリーマンをDisられた」とかと言ってSNSなどで大騒ぎしている連中だ。

 

まるで電車内で大声で上司の悪口を言ってる酔っ払ったサラリーマンだ。

そんなことを100万回吠えたところで、人生が少しでも改善するわけではないのに・・・

 

もっと考えなければならないことが他にあるのではないだろうか。

もっとエネルギーを注ぎ込まなければならないことが他にあるのではないだろうか。

 

お前が孫正義になったらいいんじゃないの?

お前がレイ・クロックになったらいいんじゃないの?

_____僕は素直にそう思う。

 

 

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日本は行き着くところまで行き着いてしまった

たぶん、日本は豊かになり過ぎてしまったんだと思う。

行き着くところまで行き着いてしまったのだ。

 

戦後の焼け野原のとき、日本はどん底からスタートした。

本当に何もない状態だった。

 

でも、だからこそ逆にそこには「のびしろ」があった。

「何もない」ということは、裏を返せば「何をやってもいいんだ」ということでもある。

 

だからあの頃の日本にはおもしろいヤツがたくさん登場した。

そういう土壌があったのだ。

 

松下幸之助さんや本田宗一郎さんのような豪傑はそういった土壌の中から誕生したのだ。

 

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上を向いて歩こう!

『上を向いて歩こう』という戦後を代表する歌がある。

この曲が日本を代表する名曲になったのは極めて象徴的なことだった。

 

上を向いて歩こうよ

涙がこぼれないように

 

上を向いて歩こうよ

にじんだ星をかぞえて

 

そうなのだ!

下を向いてる場合じゃなかったのだ!!

 

トヨタ、ホンダ、ニッサン、パナソニック、ソニー、コマツ、ヤマハ、キャノン、etc・・・

日本の高度経済成長を支えたそういったキラ星のような会社たちは、『上を向いて歩こう精神』の中から生まれたのだ。

 

下を向いていられなかった。

泣いてなんかいられなかった。

 

上を向いて、夜空を見上げるしかなかった。

 

現在の我が国に目を移してみよう。

今はまったくそういう土壌ではなくなってしまった・・・

 

日本はもう十分豊かになり、行き着くところまで行き着いてしまった。

いわば『天井』にまで到達してしまったのだ。

 

「上を向いて歩こう!」「夜空を見上げよう!」と言われたって、そりゃピンとこないはずだ・・・

 

高校生のなりたい職業ランキングの第1位が『公務員』なのだそうだ。

 

さて、そういう国に未来はあるだろうか?

そういう国で本当に希望を持って生きることはできるだろうか?

 

 

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