村上春樹の名言集

村上春樹の名言集

村上春樹(むらかみ はるき、1949年1月12日 – )は、日本の小説家、文学翻訳家。京都府京都市伏見区に生まれ、兵庫県西宮市・芦屋市に育つ。早稲田大学在学中に喫茶を開く。1979年、『風の歌を聴け』で群像新人文学賞を受賞しデビュー。1987年発表の『ノルウェイの森』は2009年時点で上下巻1000万部を売るベストセラーとなり[2]、これをきっかけに村上春樹ブームが起きる。その他の主な作品に『羊をめぐる冒険』、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』、『ねじまき鳥クロニクル』、『海辺のカフカ』、『1Q84』などがある。

村上春樹

たしかに文学ってあまり実際的な役には立ちません。

即効性はありません。

でも僕は思うんですが、小説のすぐれた点は読んでいるうちに「嘘を検証する能力」が身についてくることです。

小説というのは元々が嘘の蓄積みたいなものですから、長いあいだ小説を読んでいると、何が実のない嘘で、何が実のある嘘であるかを見分ける能力が自然に身についてきます。

これはなかなか役に立ちます。

 

村上春樹

実のある嘘には目に見える真実以上の真実が含まれていますから。

ビジネス書だって、いい加減な本はいっぱいありますよね。

適当なセオリーを都合よく並べただけで、必要な実証がされていないようなビジネス書。

小説を読み慣れている人はそのような調子のいい、底の浅い嘘を直感的に見抜くことができます。

そして眉につばをつけます。

それができない人は生煮えのセオリーをそのまま真に受けて往往にして痛い目にあうことになります。

そういうことってよくありますよね。

小説はすぐには役に立たないけど、長いあいだにじわじわ役に立ってくる。

 

村上春樹

バリバリの恋愛現役の年代と、すでにそのへんをいちおう通り過ぎてしまった年代とでは、恋愛に対するものの見方は少し違ってくるのではないでしょうか。

たとえ上書きをして、前を消しちゃったとしても、記憶というのはそんなにすっかりは消えないものです。

ある程度時間がたてば、消したはずのものがちゃんと消えていなかったことがわかるとか、そういうこともあるはずですよ。

人生ってなかなかわからないものです。

 

村上春樹

僕は「社会体制を打破する」ことがひとつの美徳であった当時に青春時代をおくったので、「システムのなかには入りたくない」という気持ちはけっこう強くありました。

それは僕にとっては良いことかもしれません。

でももちろん親なんかにしてみれば面白くなかったかもしれませんね。

僕はそんなこととくに気にしませんでしたが、気にする人々も多かったようです。

「親をなかせたくない」と言って就職していった連中も多かった。

このあいだまでヘルメットをかぶっていた連中が、長い髪を切り、ひげをそり、一流企業に入社していきました。

そして第一線で一生懸命働いてバブルをこしらえ、それを派手に破裂させ、社会体制を見事に打破しました・・・・・というのはあくまで冗談ですが。

 

村上春樹

人は孤独という相を一度でもしっかりとくぐり抜けておかないと、誰かと本当に心から結びつくことはできません。

若いうちに深い孤独を体験しておくことが大切です。

その厳しい季節を通過することによって、自分のなかにしっかりと年輪を刻んでください。

あとになってそれが役に立ちます。

 

村上春樹

もし僕の書く小説が孤独であると感じられたとしたら、そこにはそのようなメッセージが含まれているからです。

僕の小説があなたに手渡したいと思っているのはおそらく、そのような孤独の疑似体験です。

あるいは追体験です。

 

村上春樹

学校ってほんとに面倒なところですよね。

僕もそう思います。

勉強はつまらないし、規則はうるさいし、問題のある教師はいるし、僕は女の子に会いたくて、それで学校に行っていたようなものです。

あとは麻雀のメンバーを探す目的もあったし。

君の言い分は最もだけど、でも「自分の好きな場所で自分の知りたい知識だけ」を学んでいても、それはそれで飽きちゃいますよ。

大事な知識を得るには、けっこう「異物」みたいなのが必要なんです。

そういうものがないと、同じところをぐるぐるまわっているみたいなことになりかねません。

 

村上春樹

19歳なんですね。

当たり前の話ですが、僕にも19歳のときがありました。

世の中が今にもひっくりかえってしまいそうなたいへんな時代でした。

でも世の中というのは、そう簡単にはひっくり返らないものです。

僕はその時代に、人生のうちでいちばん大事なことを「資料」としてたくさん取り入れたような気がします。

その資料を解析するのに、とても長い歳月がかかりました。

だから今のあなたにとっていちばん大事なことはとにかく、あなたにとっての大事な資料をたくさん取り入れて、丁寧に保管していくことだと思います。

それがどのような意味を持つかなんて、あとでゆっくり考えればいいのです。

今はとにかくたくさん本を読んで、できるだけいろんな人と出会って、できることなら深く恋をして、困ったり、わけがわからなくなったりするといいのではないかと思います。

僕もそうしてやってきたから。

 

村上春樹

失礼な言い方になりますが、「大人というものはすばらしいものだ」という考えそのものがちょっと間違っているような気がします。

大人というものはあくまで容れ物です。

そこに何を入れるかというのは、あなたの責任です。

達成なんてそんなに簡単にはできません。

ちょっとずつそのへんのものを容れ物に入れていくことからすべては始まります。

28歳なんてだいたいまだ大人じゃないですよ。

はじまったばかりなんだから。

 

村上春樹

お客の全員に気に入られなくてもかまわない、というのが僕の哲学でした。

店に来た10人のうち3人が気に入ってくれればいい。

そしてそのうちの一人が「また来よう」と思ってくれればいい。

それで店って成り立つんです。

経験的に言って。

それって小説も同じことなんです。

10人のうち3人が気に入ってくれればいい。

そのうち一人がまた読もうと思ってくれればいい。

僕は基本的にそう考えています。

そう考えると、気持ちが楽になります。

好きに好きなことができる。

 

村上春樹

僕はできるだけインターネットは見ないように、テレビはつけないように、新聞は流し読みするようにしています。

週刊誌なんかは電車で吊り広告を見ればじゅうぶんです。

そうすれば、けっこう楽ですよ。

ブログとかツイッターとかフェイスブックとかLINEとか、そんなものただうっとうしいだけです。

ゆっくりソファに座って、モーツァルトを聴いて、ディケンズを読みましょう。

自分で自衛しなくちゃ。

 

村上春樹

僕は自分が嫌われたり、批判されたり、ないがしろにされたりするのが普通の状態だと思って生きてきました。

そう思うと、嫌われたり、批判されたり、ないがしろにされたりしても、あまりこたえなくなります。

もちろんあまりよい気持ちはしませんが、「ま、しょうがないだろう」と思えます。

むずかしいかもしれませんが、そのように考えるといいと思いますよ。

スティングの歌の歌詞にたしか「I’m a legal ailien」というのがありましたよね。

「ぼくは合法的な異界人なんだ」と。

人はそのように基本的に孤独なものです。

 

 

村上春樹

30代後半で「年をとったな」と思うんだ。

僕はその年代は生きることに忙しくて、そんなことを考える暇もありませんでした。

自分の老化にがっかりすることはあるか?

実感することはあるけど、とくにがっかりはしないですね。

年をとることには、それなりにメリットもあるからです。

失うものもあれば、得るものもあります。

失うものより得るものを少しでも多くしなくちゃ、というのが僕の目下の課題です。

 

村上春樹

モチベーションねえ。

僕はモチベーションみたいなことについて考えたことがないので、よくわかりません。

いつもやりたいことは目の前にあったから。

やりたいことがない方が不思議な気がします。

僕ならたぶんそういうとき、一人で長い旅に出ます。

あまりものを持たず、行き先もとくに決めず。

 

村上春樹

女の子を口説くのはなかなかむずかしいことです。

まずだいいちに相手を選ばなければならないし、それから先方がきみのことをどのように考えているかを見極めなくてはならないし、それからきみの気持ちを相手に伝えなくてはならないし、相手の反応を見てどのように行動するかを決めなくてはなりません。
すごくプロセスが面倒です。

そのあいだに傷ついたり、落ち込んだりすることもたくさんあります。

でもだいたいの人はそうやって、いろんなところに頭をぶっつけながら、いくつかのコツを学んでいくのです。

僕だって見当違いなことをいっぱいやりました。

でも人生にはそういうのが必要なんです。

ほんとに。

 

村上春樹

僕はあまりお金のことって考えないです。

自分の年収がいくらあるかも知りません。

むかしはお金がなくて苦労したけど、そのときもとくにお金のことは考えなかったような気がします。

「お金ないなあ」と思っていただけ。

お金がなくても、好きなことをしていれば幸福だった。

あってもとくにどうっていうことない。

あればあるなりに、なければないなりに生きていきます。

これはもう、性格みたいなものだと思います。

僕が求めるのは、時間と自由です。

もちろん時間と自由はある程度お金で買えます。

でもそれだけじゃないんですよね。

もっと大事なのは気持ちの持ち方です。

そういう姿勢はお金だけでは買えません。

 

村上春樹

あるときふっと、彼氏のいない素敵な女の子があなたの前に姿をあらわすと思いますよ。

でもただ待っているだけではダメです。

世の中に出ていきましょう。

何かの活動をしたり、アルバイトをしたり、そういうことを積極的にやっていると、そのうちにいいこともあります。

傷つくのがいやで内に閉じこもっていると、なかなかそこから抜け出せなくなります。

傷つくことを恐れないように。

 

村上春樹

人文系ってあまり直接的な役に立たない学問だけど、直接的な役に立たない学問って世の中にとってけっこう大事なんですよね。

派手な結果は出さないけど、じわじわと社会を下支えしてくれるから。

小説も同じです。

小説がなくたって、社会は直接的には困りません。

でも小説というものがなくなると、社会はだんだん潤いのない歪んだものになっていきます。

でも人文系の学問に対する予算が削られていくというのは、世界じゅう共通した現象であるようです。

日本だけではありません。

結果がすぐに目で見える、即効的な学問をみんなが求めている。

だんだん世知辛い世界になっていくようです。

 

村上春樹

子どもへの親の期待が大きいと、子供には負担になります。

むしろ親が自分自身に期待するようになれば、子供もまねをして自分自身に期待するようになるのではないでしょうか?

親がまず自分を磨かなくては、と僕は思います。

 

村上春樹

僕はあまりそういう情報みたいなのは好きではないので、できるだけ見ないようにしています。

知らないでいるほうがいいことが世の中にはたくさんあります。

僕自身についてのいろんな意見や情報が載っているサイトなんかもまず見ません。

見ると嫌な気持ちになることが多いから。

見ないと決めて自分をそう訓練すれば、見ないでいられるようになります。

どのように訓練すればいいのか?

彼女のことだけを見て、彼女のことだけを考えるといいと思います。

彼女について、君が自分の手で第一次情報をせっせと集め、それを積み上げていくんです。

それは君だけの持っている彼女についての情報だし、たぶん他の誰も知らない情報です。

そういう情報ってすばらしいと思いませんか?

そういうのに比べたら、SNSの情報なんてチャチなものです。

 

村上春樹

人を好きになるのはとてもすばらしいことだ、ということですね。

それがぼくの卒業を控えた中学生のみなさんへのメッセージです。

最近は手放しで人を好きになることがむずかしくなっています。

人を憎むことはわりに簡単みたいですが。

そういう相手が見つけられるようにがんばりたいものです。

 

村上春樹

でもなんとかなっちゃったでしょ?

よかったじゃないですか。

仕事もちゃんとやっているし、奥さんももらった。

立派なものです。

ぼくも及ばずながら褒めてあげます。

「これが本当に自分の望んだ人生なのか?」、それも29歳の人が普通に考えることです。

きっとなんとかなります。

10年後にまたメールをください。

 

村上春樹

道徳というのはまわりの大人が率先して見せるものであって、教えるものではないような気がします。

いくら教えても、大人がそれを実行していないようでは、子供は納得しませんよね。

ぼくが外を走っていると、子供たちの多くはまねをして走ります。

子供ってそういうものですよね。

自然にまねをしてしまう。

良くも悪くも。

 

村上春樹

(とくに若いときには)恋をするというのは、猫が足を滑らせて回っている洗濯機のなかに落っこちたような状態のことです。

素敵だとか、楽しいだとか、考えている暇もありません。

ただもがくしかない。

こればかりは自分でやってみないと、どういうことなのかよくわからないです。

そんなのいやだ、面倒だ、ということであれば、洗濯機の近くに行かないようにしてください。

面白そうだというのであれば、ちょっとのぞいでみてください。

どちらもあなたの自由です。

 

村上春樹

ときどき思うんですが、毎月出版される本の数って多すぎませんか?

あまり数が売れないから、点数を多くしないわけにはいかないんだという話も耳にしましたが、それにしてもあまりにも多すぎる気がします。

とくに新書とか文庫本とか、自社の棚のスペースを確保するためにどんどん数を出していく。

当然中身は薄くなっていく。

出版業界が自分で自分の首をしめているような部分もあります。

こう出版点数が多いと、書店の作業だってたいへんですよね。

もう少し落ち着いた書籍環境をつくっていくことも大事じゃないかという気がします。

 

村上春樹

批判に強くなる方法はひとつしかありません。

批判を目にしないことです。笑

ぼくもしょっちゅう批判を受けていますが、激しい批判を受けて、「柳に風」とへらへら笑っていることはなかなかできません。

生身の人間ですから、やはり傷ついたり腹が立ったりします。

だから出来るだけ見ないようにする。

でもそう思っていても、避けがたく目についたり、人づてに耳に届いたりすることはあります。

そういうときは「おまえは創作者になりたいのか、それとも評論家になりたいのか、どっちなんだ?」と自分に問いかけてみることです。

そうすると「どれだけこっぴどく批判されても、何を作り出さずに批判だけする側にまわるよりは何かをつくり出して批判される側にまわるほうがまだいいなよな」と思えるはずです。

 

村上春樹

ぼくは人生をどう捉えているか?

とてもむずかしい質問です。

ぼくは基本的に人生とはただの容れ物だと思っています。

空っぽのかばんみたいなものです。

そこに何を入れていくか(何を入れていかないか)はあくまで本人次第です。

だから「容れ物とは何か?」みたいなことを考え込むよりは「そこに何を入れるか?」ということを考えていったほうがいいと思います。

 

村上春樹

勉強なんかいらないやと思えば、勉強なんてかばんに入れなければいいし、世間体なんてかまうものかと思えば世間体なんてかばんに入れなければいい。

でもそこまでするのもけっこう面倒かも、と思えば、「最低限の勉強と世間体」をいちおう義理に入れておいて、あとは適当にやっていけばいいんです。

よく探せば、きみのまわりにきみのかばんに入れたくなるような素敵なものがいくつか見つかるはずです。

探してください。

くりかえすようだけど、大事なのは容れ物じゃなくて、中身です。

「人生とは何か?」みたいなことはそんなに真剣に考えてもしょうがないとぼくは思うんだけどね。

コンテンツのことを考えよう。

 

村上春樹

どうしてこういう性格になったのか、ぼくにもわかりません。

両親ともまったく似ていないし、まわりの誰とも似ていません。

若いうちに結婚して、自立して商売をはじめて、それから小説家になって、そうするうちにだんだん自分の世界、というか生き方が固まってきたということだと思います。

それぞれの段階で身銭を切っていろんなことを学んで、それが身についてきたということだと思います。

身銭を切るって大事ですよね。

他人のお金を使っていては、何も身につきません。

本当に大事なことは多くの場合、痛みとひきかえにしか手に入りません。

 

村上春樹

ぼくはそのことについては具体的によく知らないので、意見は申し上げられませんが、あくまで一般論を申し上げまして、どんな日本人にもある意味において、ある部分においtえ「反日」になる権利くらいはあるんじゃないかと思います。

成熟した国家というのはそういうものです。

成熟した人間が必ず「自己否定」や「自己批判」を内包しているように。

あくまで一般論としてですが。

 

村上春樹

ぼくは単純な人間なので、わりに単純なことしか言えません。

身体を動かしなさい。

自分の身体と対話しなさい。

あなたの場合、まずそこからはじめるしかありません。

身体を動かすことがきらい?

呼吸をすることはきらいですか?

それと同じです。

あなたにとって身体を動かすことは呼吸するのと同じくらい必要なことです。

運動がきらいなら部屋の片付けだって、アイロンがけだって、お風呂の掃除だって、なんだってかまいません。

集中して身体を動かしなさい。

そうしないといつまでたっても、そこから抜け出せないですよ。

 

村上春樹

幸福な家庭があり、満ち足りた生活を送っていても、人はときとして「おれはいったい何のために生きているのだろう?」と自問するものです。

多くの人がそうしています。

あなたはしませんか?

ぼくらはこの世に生まれて、頭に教育を詰め込み、恋をして結婚をして子どもをつくり(というのを平均だとします)、せっせと働き、そしてやがて年老いて死んでいきます。

いったい何のために?と思いますよね。

自分がただの何かの通路みたいに思えることもあります。

DNAを次世代に受け渡しているだけの存在。

そこにいったい何の意味があるのだろう?

ご主人がときどきそんな本質的な疑問を抱かれることによって、何か具体的な支障が生じているのでしょうか?

もしそうでないなら、疑問くらい好きに抱かせておいてあげてはいかがでしょう。

ある日突然ギターを片手にスナフキンみたいな感じで「ぽろーん」と放浪の旅に出たりすると、それはちょっと問題になるかもしれませんが、もしそうでないのであれば。

 

村上春樹

そうですよね。いろいろ腹の立つことはあります。

福島の原発事故であれだけの人々が故郷を追われ、生活をむちゃくちゃにされて、その責任はだれがとったんだというと、だれも取っていないんです。

じゃあだれにも責任はないのか?ということになります。

「津波だけが悪いんだ」みたいなことにだけはしたくない。

でもなんだかそうなっちゃいそうな雲行きです。

どうすればいいんでしょうね。

 

村上春樹

いろんなことが思うように行かなかったみたいで、ぼくとしても残念です。

でも民主化のためにあなたがたが行ったことは、決して無駄には終わらないと思います。

一見「何もなかった」ように見えるかもしれませんが、足の下の見えないところで、何かは確実に変わっているはずです。

あなたがたが行ったことはひとつの事実として残っていますし、その事実はだれにも無視することのできないものです。

世界はその事実のぶんだけ変化したのです。

ほんの少しでいいから世界を変えていってください。

ぼくも応援しています。

 

村上春樹

自分が本当にやりたいことがまだ見つからない。

それは普通のことです。

19歳でそういうものが見つけられている人のほうがむしろ少数派です。

これからがんばって見つけてください。

 

村上春樹

ただぼくは思うんですが、本当にやりたいことというのはあなたがそれを見つけるよりは向こうがあなたを見つけることのほうが可能性としては高いのではないかな。

ぼくの場合もそうでした。

ぼくが「小説家になりたい」と思ったのではなく、向こうが「村上くん、小説を書いてみたら」と持ちかけてきたのです。

そういうことは多かれ少なかれ、遅かれ早かれ、あなたの身にも起こるかもしれません。

それを見逃さないようにすることも大事です。

下手をすると見落としてしまうから。

いつも目をしっかりと開け、耳を澄ましていること、それが大事です。

そうすればそのうちにきっと何かが見つかると思いますよ。

 

村上春樹

本当の自分とは何か?ってよくわからないですよね。

人間というのは場合場合によって、ごく自然に自分の役割を果たしているわけで、じゃあタマネギの皮むきみたいにどんどん役割を剥いでいって、その後に何が残るかというと、自分でもよくわかりません。

だから「本当のおれのことも知らないくせに、よく言うぜ、けっ」みたいなことはまったく思いません。

せつせつと自分の役割を果たしているだけです。

たぶん本当のぼくというのは、いろんな役割の集合としてあるのだろうという気はします。

 

村上春樹

身銭をきってそこではじめて得られるものがあります。

あなたも若いうちにどんどん身銭を切られると良いと思います。

そして内的な資本を貯めてください。

まだ23歳でしょう。

今はいろんなものをどんどん吸収している時期です。

傷ついても、頭をどこかに思い切りぶっつけても、誰かから痛い目に合わされても、それが滋養になります。

しっかりと生きていれば、知らないうちに自分のなかに「自分力」がたまっていきます。

大事なのはいつも勇気を持つことです。

 

村上春樹

だれの心のなかにも闇のようなものはあります。

しかし詳しく観察してみると、その闇にも「良い闇」と「わるい闇」があります。

ホワイト・マジックとブラック・マジックのように。

闇が全部悪いものではありません。

役に立つ闇もあります。

役に立つ細菌がいるのと同じように。

あなたはその「良い闇」をうまく味方につける必要があります。

闇がまったくなければ、それはそれで人間は薄っぺらになってしまいます。

しかし悪い闇に利用されると、人は多くの過ちをおかします。

注意深くなること、光のありかを常に頭のなかに入れておくこと、あなたなりのタリスマンをみつけること、それが大事になります。

 

村上春樹

こんなことを言うとあるいはまた馬鹿にされるかもしれませんが、規則正しく生活し、規則正しく仕事をしていると、たいていのものごとはやり過ごすことができます。

誉められてもけなされても、好かれても嫌われても、敬われても馬鹿にされても、規則正しさがすべてをうまく平準化していってくれます。

本当ですよ。

だからぼくはできるだけ規則正しく生きようと努力しています。

朝は早起きして仕事をし、適度な運動をし、良い音楽を聴き、たくさん野菜を食べます。

それでいろんなことはだいたいうまくいくみたいです。

試してみてください。

 

村上春樹

たとえ彼女がいても妻がいても、男というのはいつも基本的に「女のいない男たち」なんだという気がします。

自分がどこにつながっているのか、だれにつながっているのか、しばしば確信が持てなくなります。

それは(あくまでぼくの感触によればですが)女性が一般的に男女関係に対して感じている感じ方とは、少し違っているかもしれません。

いつ自分が夜の海に一人で放り出されるかもしれないという、孤独の予感のようなものを男はいつも抱いています。

というか、そんなふうにぼくは感じています。

 

村上春樹

最近の日本の若い作家の作品もちょくちょく読んでいますよ。

ただぼくはあまりそういうことを語るのが好きではないので、語らないだけです。

結果的にエール交換みたいになるのがいやなので。

派閥とかグループわけとかも好みませんし、外国の作家だとそういうことがないので、わりにラクに感想を言えるんだけど。

そのへんの事情をどうかご理解ください。

文学というのはほうっておけばなんとかなっていくものです。

気をつかってやる必要もありません。

這い上がってこられないのなら、沈ませておけばいいんです。

 

村上春樹

あなたがおっしゃるように、たしかにけっこう息苦しい社会だと思います。

ぼくもときどき批判みたいなことを受けているみたいですね。

ただどのような時代にあっても、どのようなメディアにあっても、言葉に対する畏れと慎重さは決して失われてはならないものです。

言葉をおろそかにするものは、必ずその報いを受けます。

汚らしい言葉をつかう人は、ますます汚らしくなっていきます。

そのことはいつも自分にしっかり言い聞かせています。

 

村上春樹

二十歳になったからって、急に大人になれるわけじゃありません。

また経済的に自立できたとしても、それで大人になれるわけでもありません。

ぼくは個人的には、自分の心の痛みとまわりの人々の心の痛みとを等価とまではいかずとも、ある程度密接に連動させて考えられるようになることが大人のあかしではないかと考えています。

そういう意味では、いくつになっても未成熟な人はたくさんいます。

 

村上春樹

どのような解説書も説明本も、それがどれほどすぐれたものであったとしても、あくまでテキストの一部を切り取ったものにすぎません。

小説というのはゲームではありませんので、「完全攻略本」みたいなものはどこにも存在しません。

作品を富士山にたとえれば、一つの角度からそれを捉えた写真のようなものです。

そこから全体像は浮かびあがってはきません。

でも作品を読んだあなたは、実際に富士山にのぼって下りてきた人です。

あなたはすでに全体を体験しているのです。

今さら攻略本が必要ですか?

 

村上春樹

ぼくがアメリカに住んでいるとき、ちょうどアメリカはいくつかの戦争に巻き込まれていました。

湾岸戦争、アフガニスタンでの戦争、イラク戦争。

そういうのを間近に見ていて思ったのは、いったん戦争に巻き込まれると、人はみんな多かれ少なかれ頭がおかしくなるんだ、ということでした。

普段ならわかるはずのことが、わからなくなってしまう。

とくにイラク戦争のときはひどかった。

フランス政府はアメリカ軍の根拠不十分で一方的なイラク侵攻に疑義を呈したんだけど(ごく当然な疑義でした。実際に根拠はなかったのだから)、そのときのアメリカに蔓延した反仏感情はほとんど理不尽なものでした。

一流新聞までもが「我々は第二次大戦でフランスをドイツ軍から解放しなければよかったんだ」みたいな下品きわまりない記事を載せました。

普段のアメリカからすれば、ちょっとありえない暴言です。

でもそんなことが実際に起こってしまう。

「ちょっと待てよ。そこまでやるのはまずいよ」というまっとうな声が、マッチョな怒号のなかにかき消されてしまいます。
そこまで頭が加熱してしまうと、熱が冷めるまでにそうとう時間がかかります。

そして冷めたときにはもう手遅れということになりかねません。

実際にイラク戦争の後遺症で、世界はごらんのように大変なことになってしまっています。

とにかく頭に血を上らせないこと、それがなにより大切です。

そして政治家こそが頭をいつも冷やしてなくてはならないはずなのに、中には人々の頭に血を上らせようと火に油を注ぐような危険な真似をする人もいます。

そういう状況はなんとしても阻止しなくてはいけないとぼくは考えます。

 

村上春樹

他人の携帯や私信は勝手に見るものではありません。

ぼくは絶対に見ないし、うちの奥さんも見ません。

それは我が家のルールになっています。

まずそのことが前提としてあります。

あなたはそんなものを見るべきではなかった。

世の中には見ないで済ませてしまったほうがいいものもたくさんあります。

でも見てしまったんですよね。

そしてその結果、夫に対する信頼感を持てなくなった。

ご主人を問い詰めるのはやはりまずいと思います。

あなたが携帯をのぞき見したことを言わなくてはならなくなるから。

しばらくそのまま様子を見るしかないんじゃないかな。

そしてあなた自身について、あなたと夫との人間関係について深く静かにお考えになるといいのではないでしょうか。

 

村上春樹

みんな他人のあら探しばかりしている?

へえ、そうなんだ。

でもあら探しって、具体的にいったいどんなことをしているんだろう?

ぼくにはどういうことなのか、よくわかりません。

たぶん育った時代が、ぼくときみとでは違いすぎるんだろうね。

少なくともぼくがきみくらいの年齢のとき、ぼくや、ぼくのまわりにいる人たちは、とくにあら探しなんてしてなかったですね。

みんなほとんど馬鹿で、いい加減で、乱暴だったけど、あら探しみたいなことはしていなかったと思う。

うーん、というわけでぼくにはうまく答えようがありません。

でもさ、もし自分に何かやりたいことがきちんとあれば、それをすることに忙しくて、他人のあら探しなんてことをしているような暇はないよね、きっと?

ということは、自分のやりたいことがきみにはまだちゃんと見つかっていないというだけなんじゃないのかな。

まわりのことはいちいち気にしないで、自分がどういう人間なのかをしっかり見つめてみることが大事だと思いますよ。

なんといってもきみにとっては、きみ自身がいちばん大事な存在なんだから。

 

村上春樹

人はみんな、それぞれに役柄を与えられています。

その役柄をこなすことと、自らに正直であることは必ずしも一致しません。

というか、一致しないことのほうが多いかもしれません。

人は多かれ少なかれ、その不一致をうまくすり合わせながら生きています。

でもときどき、そのすり合わせに疲れてしまいます。

それはよくわかります。

じゃあ、自分に他にどんな役柄の選択肢があるのか?

ふつうの場合、あまりないですよね、たぶん。

だとしたら、与えられた役柄を不足なくこなしている自分をできるだけ客観的にテクニカルに評価し、愛する(あるいはいとおしむ)ようにつとめるしかないんじゃないでしょうか。

自らに正直な自分だけを愛していると、人生はいささか薄く、一面的になっていくんじゃないかという気もしなくもない。

ぼくに言えるのはそれくらいです。

いや、わたしはそんなすり合わせに終始する生き方はいやだ、もっと自分に正直に生きたいと言われたら、ぼくにもなんとも言いようはありません。

それはまったくの正論ですから。

 

村上春樹

LINEもツイッターも、ぼくはまったく使っておりません。

どうして使わないのか?

使わなくても不便は感じないからです。

「村上さん、使ってくださいよ」と言われたこともありませんし、どういうものなのかすらよく知りません。

これ以上コミュニケーション・ツールが増えてもうっとうしいだけですよね。

とくにコミュニケートするべきこともないのに。

でも、LINEとかツイッターとかは、そういうグループづくりのために使われているんだ。

知りませんでした。

話をきくと、なんとなく不快なものですね。

というか、少なくともぼくには必要ないものみたいです。

学生時代、好きな女の人によく手紙を書いたものです。

封筒に入れ、切手を貼り、ポストまで歩いてもっていった。

あれはなかなかいいものですよ。

なんか古老の昔話みたいですが。

 

村上春樹

ぼくは会社っていうか、職場のことってよく知らないんですが、それってどこでもだいたい同じことみたいですよ。

仕事ができる人はどんどんを押しつけられて忙しくなるし、暇をもてあましている人はどんどん暇をもてあまします。

そして給料は変わらない。

というか、むしろ暇な人のほうが高かったりします。

ぼくがイタリアに住んでいたとき、郵便局とか行くとみんなだいたいタラタラ適当に仕事をしていて、並んでいる列がちっとも短くならないんだけど、中には勤勉で有能な人が一人くらいいて、その人が出てくると、列がさっと短くなりました。

見ていて気持ちが良いくらい。

イタリアでも日本んでもどこでも、世の中ってそういうふうにできているみたいです。

あなたのような人がいないと、仕事が片付かないんです。

いろいろとたいへんだとは思いますが、世の中のために仕事をがんばってください。

 

村上春樹

この年齢になって思うのは、人間ってまだらだな、ということです。

ぼくのなかにはまだ子供っぽい部分がたくさんあるし、それなりに老成した部分ももちろんあります。

むかしに比べると人間が少しまるくなったような気がするけど、同時に以前よりも研ぎ澄まされてきたところもあります。

そういういろんな相反するものが、ぼくの中にまだらに混在している。

そういう意味では、あなたが言うように「人が大人になる」なんてありえないことなのかもしれません。

そこにはきちんとした統一性なんてないんだから。

統一性がないわけだから、やはり迷いはあります。

けっきょく人が大人になるというのは、あくまで相対的なものだと思うんです。

「比嘉的大人になる」ということですね。

ああ、10年前に比べたら、比較的大人になったかなと。

それだってあくまで感覚的なものに過ぎませんが。

ぼくはたとえば10年前に書いたものを読み返してみて、そう感じることがあります。

ああ、あの頃はまだ若かったんだな。

今ならこうは書かないかもな、とか。

大人になるとはどういうことか、一言でいえばいろんなことをあきらめていくことだと思います。

良い意味でも、悪い意味でも。

うまくあきらめられる人は、うまく大人になれるということじゃないかな。

 

村上春樹

48歳で既婚で、友だちがいない。

ふつうだと思いますよ。

いなくてもとくに不自由ありませんよね?

だったらそれで何の問題もありません。

ちっとも気にすることありません。

友だちの多さと、その人の人間的魅力はかならずしも連動していないと思います。

 

村上春樹

ぼくもしっかりアホな子供でした。

男の子って、ほんとに愚かですよね。

良くわかります。

不注意で、雑で、無神経です。

ぼくも人生の過程でいっぱい怪我をして、いっぱい痛い目に遭って、さまざまな教訓を身につけ、なんとか今日にいたっております。

偉そうなことを言うみたいですが、男というのはつくられていくものなんです。

それは女性のつくられ方とは少し違っています。

我慢強く成長を見守ってあげてください。

 

村上春樹

きみがたぶんやるべきことは、一人でいいから良い友だちをみつけることです。

二人でも三人でもなく、一人でいい。

どんな学校のどんなクラスにだって一人くらいは興味深いやつ、気が合いそうなやつがいるはずです。

そういう人をみつけるといい。

「知的な友人や恋人に囲まれ」る必要なんてぜんぜんありません。

本当に話の合う友だちが一人みつかれば、それでオーナーです。

そうすれば「ああ、この学校に来てよかったな」と思えるようになります。

偏差値なんてぜんぜん関係ないです。

ほんとうだよ。

 

村上春樹

ぼくらは何かに属していないと、うまく生きていくことができません。

ぼくらはもちろん家族に属し、社会に属し、いまという時代に属してるわけなんですが、それだけでは足りません。

その「属し方」が大事なのです。

その属し方を納得するために、物語が必要になってきます。

物語はぼくらがどのようにしてそのようなものに属しているか、なぜ属さなくてはいけないかということを意識下でありありと疑似体験させます。

そして他者との共感という作用を通して、結合部分の軋轢を緩和します。

そのようにしてぼくらは自分の今あるポジションに納得していけるわけです。

それが物語の持つ大事な機能のひとつであると、ぼくは基本的に考えています。

もちろん物語にはそればかりでなく、ほかにもいくつかの大事な機能がありますが。

 

村上春樹

ぼくは世代論というのはむかしからもうひとつ好きではなくて、そういう括り方はできるだけしないように心がけてきました。

ぼく自身も「団塊の世代は暑苦しい」みたいな言われ方は簡単にされたくありませんので、ひとつの世代の中にもいろんな人はいますよね。

みんなが同じようなことを考えているわけではありません。

ただオウム真理教の信者・元信者の人たちをインタビューしてきて、ひとつ思ったのは「ノストラダムスの予言」に影響された人がけっこう多かったということでした。

その世代の人たちがいちばん感じやすい10代のころに「ノストラダムスの予言」についての本がベストセラーになりました。

そしてテレビなんかでも盛んに取り上げられました。

1999年に世界は破滅するという例の予言です。

そのおかげで「終末」という観念が彼らの意識に強くすり込まれてしまった。

つまり彼らには「世界には終末があり、それはそれほど遠くない将来に訪れるだろう」という世界のあり方についての物語性が自然に植え付けられてしまったということです。

少なくともぼくがインタビューしたオウム真理教の信者・元信者の人たちについては概ねそういうことが言えました。

だから麻原彰晃の説く終末論(ハルマゲドン)がすんなりと抵抗なく受け入れられたのでしょう。

そこにはまた「スプーン曲げ」に代表される「超能力」に対する憧れ・信仰のようなものもありました(そこにもまたテレビの影響が見られます)。

ぼく自身も物語性を提供するものの一人として、『アンダーグラウンド』の取材をしながら、物語の大事さを痛感させられました。

悪しき物語を凌駕する善き物語をつくっていかなくてはならない。

それがそのときにぼくの感じたことでした。

もちろん何が悪しき物語であり、何が善き物語であるかというのはとても判断がむずかしい問題なのですが。

 

村上春樹

小説って、音楽とか絵とかと同じだとぼくは思うんです。

大事なのは、わかったとかわからないとかじゃなくて、それが身体にしみるかどうかということなんじゃないかなと。

「うん、よくわかった」と思って、読み終えて一週間たったらみんなすっかり忘れていた、というんじゃ意味ないですよね。

わかったかわからないか、それもよくわからないけど、10年たってもなんかよく覚えている、というような小説をぼくとしては書きたいです。

心が弱っているとき、あるいは落ち込んでいるとき、ぼくの小説を「避難所にして充電場所」として使っていただけると、ぼくとしてはとても嬉しいです。

それも小説というものの大事な役目ですから。

逃げ込むだけでは足りないんですよね。

そこからエネルギーを受け取る必要があります。

 

村上春樹

ぼくみたいな個人的な仕事をしていると、言うまでもなく個人そのものの資格が大事なのであって、国籍がどうこうなんてまったく関係のないことなんですが、でも実社会ではなにかと面倒なことがあるのでしょう。

組織はずいぶん冷たくできていますし、世間には心ない人や無神経な人がいますからね。

ぼくも職業が「水商売だから」「作家だから」ということで、これまでしばしばひどい目にあわされてきました。

マンションの入居を断られたり、管理組合の反対で売ってもらえなかったり。

この国ではどこかのちゃんとした組織に属していないと、社会的に信用されないみたいです。

そういうふうにはねつけられると、やはり心が傷つきますよね。

いろんな場所にいろんな差別が潜んでいます。

「今までこうやってがんばってきたのに」というあなたの気持ちもよくわかります。

差別されたことが心のしみになっているということも理解できます。

あなたが感じておられるのはとてもまっとうなことだし、子供っぽいとも思えません。

あなたに対して実際的なアドバイスを送ることはぼくにはできそうにありません。

ぼくにできるのは傷ついたり、理解されなかったり、悲しみにとらわれたり、深い沈黙に潜りこんでしまったりした人々の姿を小説のなかに描き続けることだけです。

もしそれがあなたの心に、一種の「浄化」のようなものをもたらすことができるとしたら、ぼくとしてはなにより嬉しいのですが。

 

村上春樹

作品が優れているかいないか、それがすべてだと思います。

アルコール中毒、薬物中毒のうちに書かれた見事な文芸作品は歴史上、数多くあります。

長期的に見ればアルコール中毒、薬物中毒は執筆作業に悪影響をおよぼすだろうと、ぼくは個人的には考えています。

しかし作品単位でみれば、話はまた別になります。

コールリッジの『クーブラカーン』は彼がアヘンの幻覚で見たものを言葉に置き換えたものですが、まさに文芸史に残る美しい詩です。

文学の美しさはモラルでは測れないものです。

ぼくはレイモンド・カーヴァーやスコット・フィッツジェラルドの作品を愛好し、翻訳していますが、彼らは人生の一時期をアルコール中毒患者として送りました。

でもどの作品が酒を飲みながら書いたもので、どれが酒抜きで書かれたものか、ぼくにはわかりませんし、そんなことはいちいち考えたこともありません。

結局のところ、くりかえすようですが、作品がすぐれていればそれがすべてではないのでしょうか?

もちろん、だから良い作品を書くためなら何をしてもいいということにはなりません。

ぼくが言いたいのは、残るのは人ではなく、作品だということです。

 

村上春樹

「アーティストというのはもともと政治に興味がない人種であって」というあなたの意見はいささか一面的に過ぎるのではないかとぼくは思います。

そういう人もいるでしょうが、そうじゃない人もいます。

アメリカの歌手や俳優の多くは政治色を鮮明にしていますよね。

アーティストもやはり社会のなかに生きている人間ですし、彼らの作品と彼らの政治的姿勢が切り離せないという場合も多々あります。

人それぞれです。

いずれにせよ、人はどれだけ政治を避けようとしても、必ず何らかのかたちで政治に巻き込まれていくものです。

それと正面から向き合う姿勢はすべての人が常々しっかり準備していなくてはならないものだと、ぼくは基本的に考えています。

アーティストに限らず、誰であれ。

 

村上春樹

恋というのは幸福そうだからするし、不幸そうだからしないというものではありません。

得だからするし、損だからしないというものでもありません。

恋というのはただ単にすとんと落ちるものです。

得も損もありません。

危険も安全もありません。

その相手の女性が好きなら、恋をするしかないじゃないですか。

 

村上春樹

子供というのは、必ず親の世代の気に入らないことをするようにできているんです。

ぼくも髪を長く伸ばしたり、大音量でドアーズを聴いたり、路上で石を投げたり、勉強なんてぜんぜんやらなかったり、学生結婚しちゃったり、さんざん親の神経に障ることをやってきました。

まわりもちです。

だからあきらめてください。

おたくの娘さんがあなたの気に入るような、あるいは知っているような音楽を演奏してくれることはたぶん今世紀中はないのではないでしょうか。

とはいえ「運命の突然の大きな転換」みたいなのがどこかであるかもしれません。

ひそかにこっそり期待しつつ、娘さんを見守ってあげてくださいね。

 

村上春樹

そうか、13歳ですでにどんな仕事につけばいいのか思い悩んでいるんだ。

ぼくなんか13歳のときには将来の仕事のことなんか考えもしなかったですけどね。

ただホイホイと気楽に遊んで暮らしていました。

それでなんだか知らないうちに作家になっていました。

作家はいいですよ。

通勤しなくてもいいし、上役もいないし、会議みたいなものもないし、好きなときに起きて好きなときに寝られるし、ネクタイ

もしめなくていいし、とくに資本もいらないし、世界中好きなところで仕事ができるし、でも確かにだれでも作家になれるわけじゃないですよね。

ある程度の才能が必要だし、運にも恵まれる必要があります。

どうやって天職をみつけるか?

そればかりはやってみなくちゃわかりません。

好きな女性にめぐり会うのと同じことです。

この世界のどこかにきみにぴったりの素敵な女の子がいるはずなんだけど、きみがその子とめぐり会えるかどうか、それは実際に生きてみないとわからないですよね。

人生とはそういうものです。

実際にやってみなくちゃわからない。

大事なのは勇気を持って前に進んでいくことです。

 

村上春樹

生きていると落ち込むことってなにかと多いですよね。

ぼくだって気楽そうに見えて、これでときどき落ち込んだりもします。

人間関係みたいなことでがっかりさせられることもあります。

でもまあ、よかったなあと思えることも少しはあります。

そうですよね?

「どんな雲の裏地も明るく輝いている」というのがぼくのマントラのひとつです。

落ち込んだときには、できるだけ雲の裏側のことを考えましょう。

「銀色の裏地を探そうじゃないか」とチェット・ベイカーもやさしく歌っています。

 

 

村上春樹

昨今の世の中の恒常的な右傾化には、ぼくも常々危機感を感じております。

あなたのなさっているような日本古典文学の研究にまで、そういう圧力がじわじわと及んでいるんだ。

学術研究というのは何事からも自由でいなくてはならないはずのものなのに。

日本経済の失速がもたらす閉塞感と、近隣諸国の台頭に対する危機感が、おそらくこのような屈折した風潮をもたらしているのでしょうが、手遅れにならないうちになんとかしなくてはと思います。

自主規制を求めるというのはもっとも巧妙で陰湿な抑圧です。

日本はもっと洗練され、成熟した国家でなくてはならないはずなのに。

 

村上春樹

よくわかります。

僕もそういう人にかかわって困った目にあわされたことが何度かあります。

虚言癖というのは多くの場合完全に病気なんだけど、なかなかまわりの人にはそれが見抜けません。

本人がそれを嘘だとは思っていないし、話を実に芸術的に本物らしくしていくからです。

そういう人たちって弁が立つから、あるいは不思議に説得力があるから、そこにある矛盾も普通の人にはなかなか見抜けません。

みんなころっと騙されてしまいます。

でもそれなりの時間が経過すると、みんなちょっとずつ「なんか変だな」と思うようになります。

そうするとその人はだんだん孤立していきます。

とにかく時間をかけるしかありません。

大変でしょうが、「きっと時間が解決してくれる」という気持ちで耐えて、やり過ごしてください。

 

村上春樹

性格のおとなしい娘さんなのでしょうね。

でも普通の人でも、部活でペアの相手にずっとそんなことを言われ続けていたら、「気にするな」と言われても、やはり気にしちゃうと思いますよ。

僕だったら、そんなの我慢しないでさっさと部活なんてやめちゃって、一人で好きなことをしてますが、なかなかそうもいかないのでしょう。

「人の言うことなんていちいち気にせず、適当に聞き流しておきなさい」「言うべきことはしっかり言い返しなさい」というのはたしかにそのとおりなんですが、正直に申し上げまして、あなたのお嬢さんにはそれはちょっと無理じゃないかと思います。

まず優しく慰めてあげて「どうしてもいやならやめれば」とか言ってあげた方がいいんじゃないかと僕は思います。

見ていて「こうすればいいのに」とイライラされる気持ちはわかりますが、まだ成長の過程にある子供です。

自我みたいなものもまだしっかりとは固まっていません。

痛みを受け入れてあげることも大事だと思いますよ。

気の弱いところもあるかもしれませんが、良い部分もたくさんあるはずです。

 

村上春樹

長い人生ですから、誰かに対して「負の感情」を持ってしまうことは僕にもあります。

おおむね平和主義者ですから、「会ったらぶん殴ってやる」みたいなことは決して思いませんが、「できればもう二度と顔を合わせたくない」「顔を合わせても話はしたくない」と強く思う相手は何人かいます。

僕はまず表立って喧嘩ってしないんですが、いったん感情がぷつんと切れてしまうと(たとえば深くがっかりしたりすると)、

もう二度と元には戻らないという傾向があります。

どうしても忘れられないくらいイヤな、つらい思いをなさったのならずっとそのことを覚えていればいいと僕は思いますよ。

なにも無理して忘れることはありません。

僕はときどき過去の「イヤなこと」をしっかり思い出しています。

そしてその「イヤなこと」を自分のモチベーションというか、何かの燃料みたいに利用することがあります。

ポジティブな感情であれ、ネガティブな感情であれ、それはあなた自身の持ちものです。

なんだって自分のためにうまく役立てればいいんです。

有効利用すればいいんです。

 

村上春樹

そうですか。

たしかに文学ってあまり実際的な役には立ちません。

即効性はありません。

実におたくの社長のおっしゃるとおりです。

言うなれば、なくてもかまわないものです。

そして実際にこの世界には小説なんて読まないという人がたくさんいます。

というか、むしろそういう人数の方がずっと多いかもしれません。

でも僕は思うんですが、小説のすぐれた点は読んでいるうちに「嘘を検証する能力」が身についてくることです。

小説というのは元々が嘘の蓄積みたいなものですから、長いあいだ小説を読んでいると、何が実のない嘘で、何が実のある嘘であるかを見分ける能力が自然に身についてきます。

これはなかなか役に立ちます。

実のある嘘には目に見える真実以上の真実が含まれていますから。

ビジネス書だって、いい加減な本はいっぱいありますよね。

適当なセオリーを都合よく並べただけで、必要な実証がされていないようなビジネス書。

小説を読み慣れている人はそのような調子のいい、底の浅い嘘を直感的に見抜くことができます。

そして眉につばをつけます。

それができない人は生煮えのセオリーをそのまま真に受けて往往にして痛い目にあうことになります。

そういうことってよくありますよね。

小説はすぐには役に立たないけど、長いあいだにじわじわ役に立ってくる。

 

村上春樹

男性と女性とでそんなに違いがあるんだ。

知りませんでした。

とても興味深いです。

でもバリバリの恋愛現役の年代と、すでにそのへんをいちおう通り過ぎてしまった年代とでは、恋愛に対するものの見方は少し違ってくるのではないでしょうか。

たとえ上書きをして、前を消しちゃったとしても、記憶というのはそんなにすっかりは消えないものです。

ある程度時間がたてば、消したはずのものがちゃんと消えていなかったことがわかるとか、そういうこともあるはずですよ。

人生ってなかなかわからないものです。

 

村上春樹

あなたのように組織の中でうまくやっていくことのできないかた、あるいはなんとかやってはいるけれど疲れ果ててしまったというかたから、多くのメールがこのサイトに寄せられています。

あなたの場合はその問題をうまく解消できたみたいで、よかったと思います。

もちろん翻訳という専門技術を持っておられたからできたことでしょうが、あなたの報告が多くの人にとって何かの参考になるかもしれません。

僕は「社会体制を打破する」ことがひとつの美徳であった当時に青春時代をおくったので、「システムのなかには入りたくない」という気持ちはけっこう強くありました。

それは僕にとっては良いことかもしれません。

でももちろん親なんかにしてみれば面白くなかったかもしれませんね。

僕はそんなこととくに気にしませんでしたが、気にする人々も多かったようです。

「親をなかせたくない」と言って就職していった連中も多かった。

このあいだまでヘルメットをかぶっていた連中が、長い髪を切り、ひげをそり、一流企業に入社していきました。

そして第一線で一生懸命働いてバブルをこしらえ、それを派手に破裂させ、社会体制を見事に打破しました・・・・・
というのはあくまで冗談ですが。

 

村上春樹

人は孤独という相を一度でもしっかりとくぐり抜けておかないと、誰かと本当に心から結びつくことはできません。

若いうちに深い孤独を体験しておくことが大切です。

その厳しい季節を通過することによって、自分のなかにしっかりと年輪を刻んでください。

あとになってそれが役に立ちます。

もし僕の書く小説が孤独であると感じられたとしたら、そこにはそのようなメッセージが含まれているからです。

僕の小説があなたに手渡したいと思っているのはおそらく、そのような孤独の疑似体験です。

あるいは追体験です。

 

村上春樹

薬物を使用していたアーティストの作品を販売停止にしていたら、ロックにせよジャズにせよ、アメリカの1950年代から70年代にかけてのミュージシャンの作品の大半は市場から消えてしまうはずです。

チャーリー・パーカーだって、スタン・ゲッツだって、ジェリー・マリガンだって、バド・パウエルだって、セロニアス・モンクだって、ビリー・ホリデイだって、みんな麻薬で逮捕されています。

マイルズだって、コルトレーンだって、ビル・エヴァンズだって、一時期は麻薬中毒に苦しんでいました。

この人たちのレコードが市場からそっくり消えたら、ジャズの歴史はいったいどうなってしまうんですか?

違法薬物使用は法律に反することですし、個人がその違法行為の法的責任をとるのは当然のことですが、このような「自主的」クリーニングはちょっとやり過ぎだと僕は思います。

マスコミの騒ぎ方も異常だと思います。

世の中にはもっと大事なことがいっぱいあるだろうに、みたいに思いますよね。

 

村上春樹

僕はときどき、さまざまなものごとについての自分の意見を発表していますが、そうするといろんな反発があります。

ときには汚い言葉でののしられたりしているようです。

そのようにして、なかなか自由に発言ができない空気みたいなものが世の中にだんだんできていっているみたいに思えます。

日本には「物言えば唇寒し」という表現がありますが、昨今はまさにそんな感じです。

なんていうか、困ったものですね。

バブル経済の崩壊や、東日本大震災に付随する原発事故のあとで、日本はそのような大きな失敗から教訓を学んでもっと洗練され、成熟した国家になっていくのだろうと僕は期待していたのですが、なかなかそうはならないみたいです。

むしろ逆の方向に進んでいるかも。

僕も少しがっかりしています。

僕の発言で具体的に何かが変わるわけではありませんが、僕としてはこれからも自分の考えを少しずついろんなかたちで発信していきたいと思っています。

 

村上春樹

僕が20歳の頃といえば、なんかけっこう不安で、何をすればいいのかよくわからなくて、いらいらしていたような気がします。

ガールフレンドともあまりうまくいかなくなって、孤独な気持ちでいることが多かったですね。

でも人生にはそういう時期って確実に必要なんだというふうに今では感じています。

深くて暗い井戸のそこに一人でじっと座っているような時期がないと、人生に深みと広がりが出てこないような気がします。

心配しなくてもいいです。

なんとかなりますから。

 

村上春樹

会社で働いていても、一人で働いていても、人生にはつらいことはたくさんあります。

黙ってじっと耐えなくてはならないこともあります。

一人で自宅で働いていると、泣いて帰るところだってありません。

僕はいやなこと、つらいことがあると、外に出て走ります。

もちろんいやなことがなくても、だいたい毎日走っているんだけど、いやなことがあるといつもよりちょっと余分に走ります。

つまり10キロ走るところを、11キロ走るわけです。

そうすると、そのぶん身体が強くなりますよね。

ということは、いやなことがあっただけ、自分が強くなるわけです。

そう思うと、少し心が楽になります。

そういう風にものを考えていくと、人生はわずかながらしのぎやすくなります。

何か自分なりの、前向きになれる方法を考えてみられるとよろしいかと思います。

僕の考え方はあるいは、いくぶん特殊なのかもしれませんが。

 

 

村上春樹

座右の銘というようなものはとくにありません。

ただ「腹が立ったら自分にあたれ、悔しかったら自分を磨け」というのが僕のいちばん基本的な考え方です。

あまりにストレートというか、まんまで、座右の銘というほどのものではありませんが、小説家になってからこの方、ずっとそう思って生きてきました。

少しは人生の役に立ったと思います。

もう少し気の利いた文句があればいいのですが。

 

村上春樹

僕自身のことを話しますと、僕は何かを創造したいと思って小説を書いたわけではありません。

また小説家になりたいと思って小説を書いたわけでもありません。
(そんなものになれるとは全く思っていませんでした)

ただある日、「小説みたいなものが書きたいなあ」と思って書いただけです。

そういう「ある日ふと思う」というのが大事なことじゃないかと、僕は思うのです。

どんな人生にも何度か「ふと思う」機会はあるはずです。

ほかのことをわりに熱心にやりながら、心を開き気味にしながら、そういう「ふと思う」機会をのんびりと待たれるのがいちばん正しいことかもしれません。

 

村上春樹

これは僕の個人的意見ですが、「どうせヒモですから」「ごくつぶしで悪かったねえ」などとチクチクと嫌みを言ってくるというのは、男としてあまり褒められたことではないと思います。

結婚前からそれなら、結婚後が思いやられます。

「今は迷惑かけるけど、しっかり勉強していつかは借りを返すからね」というのが本当の男らしさです。

そうすればあなただって「よし、がんばろう」とか思いますよね。

そのへんの機微がよくわかっていないようです。

問題があります。

 

村上春樹

人の心の中にある、言葉では言い表せない領域に深く入り込んでいくことが小説の(あるいは物語の)役目です。

だからあなたが小説を読んで、「すごく何かを深く感じるんだけど、言葉ではそれをうまく言い表せない」と感じるのだとしたら、それはいちばん自然なことなのです。

何ひとつ恥じることはありません。

 

村上春樹

こんなことを言うのは本当に心苦しいんですが、50を過ぎるとさすがに「男の子」とか「女の子」とか言っているのがきつくなりますね。

それよりは体脂肪とか、糖尿体質とか、腰の張りとか、老眼とか、そういうことを話題にしたくなってきます。

でもまあ、人前で大きな声では言いにくいけど、いくつになっても気持ちのうえで「男の子」性とか「女の子」性を失わないのは大事なことです。

僕もそう思います。

僕は個人的には、

①愚痴を出来るだけ言わない
②好きなことをただ一生懸命やる
③お腹の肉をなるべくつけない
④新しい音楽を積極的に聴く

というようなことを日々心がけております。

というわけで最近ではColdplayとゴリラズを主に聴きながら、黙々と毎朝のランニングに励んでいるような次第です。

若作りをする必要はないけど、新しいものに興味をもつことってわりに大事ですよね。

 

村上春樹

才能とは何か?

僕もときどき(そんなにしょっちゅうではありませんが)それについて考えます。

それで思うんですが、ものすごく特別な巨大な才能を例外にすれば、何か目標を定めて、ずっと努力し続けられる力こそが才能の中核ではないのでしょうか。

長い期間にわたって努力し続けるって、口で言うと簡単みたいだけど、普通の人にはなかなかできないことみたいです。

そういうのって間違いなく才能です。

僕はもう50いくつになりますが、最近まわりを見渡してみて、そんなふうに強く感じました。

もうひとつ、それが何であるにせよ、楽しみながら努力できるというのが大切ですよね。

楽しくないことって、そんなに長く続けられないから。

もうひとつ、ものすごく特別な才能って、実際にはほとんど存在しないみたいです。

それも僕が人生で身をもって学んだことのひとつです。

 

村上春樹

僕は確かに若い時にたっぷりと恋愛をしておくといいというようなことを書きました。

ただし若い時というのは実際の年齢のことだけを言っているのではありません。

心が十分若ければ(つまりしなやかな感受性みたいなものが残っていれば)別に何歳で初恋をしたっていいわけです。

だから焦ることはないと思います。

人間にはそれぞれにペースというものがあります。

ゆっくりとしか物事を進められない人はゆっくりと物事を進めればいいんじゃないでしょうか。

一番大事なのは自分の心に耳を澄ませることだという気がします。

他人の言うことに振り回されないように。

人生にマニュアルはありません。

自然に生きていくことが一番だと思います。

 

村上春樹

僕は幸か不幸かあまり能力みたいなものを持たなかったので(あるいは持っていると特に意識しなかったので)これまでの人生の過程において尊大に構えたという記憶はあまりありません。

今でもかなり身勝手ではありますが尊大なところはそれほどないと思います。

僕は子供の頃からどのような分野においても一番になったという経験がありませんでした。

だから勝ち負けや順番とは関係のないところで自分の位置を定めて他人とは関係なくマイペースで生きてきました。

そういう癖がついてしまっています。

いずれにせよ来年に向けて頑張って下さい。

人生順調に行かない方がいいこともあります。

 

村上春樹

僕は世間で色々とひどいことを言われているみたいです。

でもまあ元々が大した人間ではないし悪く言われてもまあ仕方ないかという部分は確かにあります。

それに叩かれれば叩かれるだけでそのぶんこちらが強くなればいいわけです。

ちやほやされていたらなかなかタフにはなれませんよね。

そう思って前向きに生きております。

とはいえ人間誰だって褒めてもらえれば嬉しいものですしそれは僕だって同じことです。

ひどく貶されれば悲しくなる時もあります。

でも僕には本を買って読んでくださる読者がきちんとついているわけでそれが何よりの励ましになります。

色々とお気遣い頂き感謝しています。

お互いに肉球を舐めながら頑張りましょう。

優雅に生きることが最良の復讐であるということわざがスペインにあります。

どんなひどいことを言われてもされても柳に風と受け流す知ったことかと楽しく優雅に生きていくことが最良の復讐なのだということです。

うんちくのある言葉ですね。

僕はラフロイグの12年物が好きです生意気なようですが。

 

村上春樹

僕は大学を出てから今まで何だかずっと一生懸命働き続けてきたので最近の働かない人やフリーターについてどう思うかと言われてもよくわかりません。

僕は自分のことについては大体分かりますが他の人の事ってよくわからないんですよね。

ただ人には他人に迷惑をかけない限りおいて自分の好きなように生きる権利があると思います。

これは当然のことですよね。

ただ僕は若い時に知り合いからなんでそんなに必死に働くのもうちょっとゆっくりと生きればみたいなことを言われてムカッとしたことがあります。

好むと好まざるとに関わらず人には必死に働かなくてはならないときがあり事情があると思うんです。

そういう時に横から勝手なことを言われると不愉快ですよね。

僕は個人的にはニートだってフリーターだって何でもいいと思うんです。

ただ気持ちよく生きていくためには人生のある段階においてある種の全面的投資を必要とします。

そこさえきちんと押さえていれば後はもう完全に個人の自由です。

 

村上春樹

僕は個人用ですので嫌いな人とは仕事をしないようにすることが可能です

ただしそのようにして嫌いな人を避けていると必ず復讐されます

でも嫌いな人間と顔を合わせるよりは復讐されたほうがずっといいと僕は考えています

僕はそのように割りにはっきりと物事を割り切る方なのです

年をとったからといってそんなに寛容になれるものではありません

嫌なものは嫌です

受け入れられないものは受け入れられません

例えばヒットラーのユダヤ人絶滅計画はそれなりに楽しかったとか同性愛者はみんなエイズで死ねばいいんだというような極端な意見を持っている人とは何があっても一緒にはやっていけません

そのような人格はどのようにしても受け入れられないから

でももしそこまでラジカルが拒絶がないのなら相手のことを何とか好きになろうと努力することは可能だと思います

それは自分に対する挑戦のようなものではないかと思います

僕もそういう努力をした経験はあります

誰かを好きになろうと決意すればどこかしら良いところは見つけられるものです

そういう点ではあなたのお父さんに近い意見を僕は持っているかもしれません

自分の中に自分の我慢できないことを見出すよりは他人の中に自分の我慢できないことを言い出すことの方が状況としてはずっとマシなのです。

 

村上春樹

物欲というのは難しい問題ですね。

僕は今アメリカの大学街で暮らしているのですがその辺の人はみんな結構汚い日本の基準で言えばですが格好をしてアクセサリーなんか全然つけず化粧間もなくトコトコと町を歩いています

質素を重んじピカピカな格好をすることを恥ずかしく思うという気風があります

社会的にはそういう人たちはエリート層に属するわけだけど俗に落ちる前という信念みたいなものがしっかりとあります

僕は終わりにそういう物事のあり方が好きです

だからこういうところで暮らしているとホッとします

それに比べて日本の若い人たちがブランドものに現を抜かしているのを目にするとみんな高価なものを身につけていますよねわりに愕然とします

僕の頭があるいは古いのかもしれないけれどでもただみんなメディアの垂れ流す情報にあおられているだけなんじゃないかなと思います

僕は自分の考えを人に押し付けるのが好きではありません

人はみんな自分の生きたいように生きる権利があると思いますだからあーしろこーしろみたいなことが言いたくありません
ブランド生命の人はブランドに走っていければいいと思う

それは個人の自由です

でも僕の小説に出てくる人々はできれば僕と心の通じ合う人で会ってもらいたいと考えています

それは当然のことですよね

僕自身は割に良い音で良い音楽が聞けて小説さえしっかりかければ基本的に Happy という生活を送っています。

それ以外の事って正直言ってあまり興味ないんです

着ているものもせいぜい良くてラルフローレンという辺りです。

時計もランニング用のものをつけていることが多いし靴もジョギングシューズだし昔からずっとそれでやっているしたぶんこれからもそうやって生きていくんだろうと思います 。