【着飾るのが好きという人は要注意】自分に自信がない人ほどよくやってしまいがちな行動

2020年12月21日

カール・ユングという心理学者は、「ペルソナ」という概念をはじめて発見しました。
僕はこのペルソナというやつが妙に気になって、ペルソナに関する書物を読みあさっていた時期があります。

人間は何らかの衣装を身にまとってしまう生きものです。

それは本来の自分ではない姿です。

それをペルソナというのですが、「人間は知らず知らずのうちに、何らかのかたちでペルソナを演じている」とユング博士はおっしゃいます。

みなさんも無意識のうちにペルソナを演じてしまっていませんか?

 

警察官や自衛官、消防士といった、いわゆる「制服組」と呼ばれる職業の人たちがいます。

あるいは、学校の先生や弁護士、会計士といった、いわゆる「先生」と呼ばれる職業の人たちがいます。

そういった職業に就くためには試験をパスし、資格を取らなければなりません。

それは簡単なことではありません。

 

だからその簡単ではない試験をパスし、資格を有するこれらの職業に就く人たちは『社会的信用』というものを得ます。

しかし、意外なことにそういった職業に就いている人たちは、「自分に自信を持っていない人が多い」という話をよく耳にします。

深層心理の奥深くのところにある「自信のなさ」。

こういった職業に就く人たちはそれを隠し持っている人が多いそうなのです。

 

しかも、本当は自分でもその自分の弱さを知っている。

自信のなさに気づいている。

だからこそそれを隠さなければならない。

何かでカムフラージュしなければならない。

弱さや自身のなさを誰かに知られてはいけない。

そのためには、自分を大きく見せる必要がある、etc・・

 

そう考える傾向を持つ人が多く、その思考がそういった「制服組」とか「堅い職業」とかに向かわせる原動力になっているというのです。

とりあえず警察の制服を着て街を歩けば誰もが自分のことを「警察官だ」と思ってくれますもんね。

まさか深層心理の奥深くでは不安や弱さ、自信のなさを隠し持ってるなんて誰も気づきませんもんね。

その制服を身に着けてさえいれば、『本来の自分』をさらけ出さずに済むわけです。

要するに彼らは必死で武装しているのです。

必死になって自分のペルソナを演じているのです。

そのペルソナにに自分を合わせようとしているのです。

実に興味深い話です。

人は誰でもその人なりの『武装』をしている

ときどき警察官や学校の先生が、「えっ!?」と思うような世間を騒がす事件を引き起こすことってありますよね。

最初の頃、僕はなぜ彼らみたいな立派な職業の人たちがそういう事件を引き起こすのかまったく理解できませんでした。

だけどペルソナについて調べてゆくうちに彼らの深層心理の奥深くには「弱さ」や「自信のなさ」があるということを知り、納得するようになりました。

 

世間を騒がすような事件を起こしたりする背景にはペルソナを演じることによるストレスがあるのです。

彼らは実は不安とプレッシャーに押しつぶされそうになっているのです。

 

朝から晩まで本来の自分とは違う人格を演じているわけですからどこかで無理が生じても不思議ではありません。

そこには相当なストレスがあるはずです。

 

でも程度の差こそあれ人は誰しも『武装』してしまうものです。

虚勢を張ったり、過度に自己アピールしたりするのは何も警察官や学校の先生だけではありません。

そういうことって多かれ少なかれ誰でもあることなのではないでしょうか?

 

もちろん僕にも思い当たるフシがあります。

僕の場合は彼らとはちょっと違う武装の仕方でした。

 

僕は一時期、ブランドものの服ばかり好んで着ていた時期があります。

はい、もちろん、お金はありませんでした!

お金もないくせに虚勢を張って無理して高い服を買っていたのです。

 

今にして思えば本当に何であんなことしてたんだろうと、自分でも首を傾げてしまいます。

そんな高い服を着たからといって僕という人間の株が上がるわけでもないのに・・

誰かから褒められるわけでもないのに・・

 

メリットなんてほとんどないのにも関わらず、僕はせっせと無理してブランドの服ばかりを着ていたのです。

そのときのことを自己分析してみるとあれも一種の『武装』だったんだと思います。

僕なりの精いっぱいの虚勢だったんだと思います。

 

やっぱり怖かったのでしょうね。

人生があまりうまくいってなかったので自分に自信が持てず、苦しんでいました。

 

そういうダメなところを人に見られなくない

だからその弱さをブランドものの服でカムフラージュしよう

 

そんな心理が働いたのだと思います。

とりあえずそういう高い服に身を包んでいれば本当の自分を隠すことができます。

だからお金もないのに無理して高い服ばかりを購入していたのです。

 

それだけ僕は自分に自信がなかったのです。

自分の人生に自信がなかったのです。

自分の至らなさが人にバレてしまうことが怖かったんだと思います。

 

怖かったから必死になって「何かで武装しなくてはいけない」という強迫観念に囚われていたのでしょう。

だから似合いもしないブランドものの服ばかり着ていたのです。

お金もないくせに・・

 

人間、自然体でいるのがいちばん

今?

今は僕はブランドものの服になんかはまったく興味がありません。

それどころかそういう高そうな服を着ている人を見ても、「すごいなー」とか「カッコいいなー」とかも思わなくなりました。

 

僕はもうわざわざ武装する必要がなくなったのです。

自分を着飾る必要がなくなったのです。

ペルソナを演じる必要がなくなったのです。

 

僕は仮面を脱ぎすてありのままの自分で街を歩けるようになったのです。

それは僕にとって大きな喜びです。

人間、自然体でいるのがいちばんです。

 

どんなに頑張っても、どんなに着飾っても、どんなに自己アピールをしても、etc・・

それは空しいだけのこと。

 

はっきり言って人ってそんなに他人に興味がないんです。

みんな自分の人生を生きることで精いっぱいなのです。

自意識過剰になるのは意味のないことなのです。

 

高い服を着ていたって誰もそんなこと見ていません。

いいとも何とも思っていません。

制服を着ていなければ誰もその人が警察官だなんて気づかないのと同じように・・

 

もう僕は、以前のような不安でいっぱいの人間ではありません。

だから武装する必要もないんです。

武装解除です。

 

なぜ、武装する必要がなくなったのか?

なぜ、ペルソナを演じる必要がなくなったのか?

その答えは、はっきりしています。

明確すぎるほど、明確な答えが僕のなかにあります。

 

それは僕が以前よりも幸せになったからです。

人生がいろいろうまくいくようになってきたからです。

満たされてきたからです。

 

僕は37歳のときに脱サラ・起業しました。

あれ以来、僕の人生は劇的にいい方向へ変わりました。

 

脱サラして起業しました

自分の会社をつくりました

ストレスから解放されました

人間関係のわずらわしさから解放されました

自由な時間が得られました

40㌔のダイエットにも成功しました

禁煙にも成功しました

モノであふれていた部屋はスッキリとした整理整頓された部屋に生まれ変わりました

それまで苦しんでいたうつ的な症状も嘘みたいに改善されました

いろんなことを前向きに考えられるようになりました

それまで僕の頭上をおおっていた不吉な薄暗い雲がサァーッと晴れていくような感覚でした

 

あれ以来、僕は無理をして自分を着飾る必要がなくなったのです。

自然体の自分で生きられるようになったのです。

そのままの自分で、平気で街を歩けるようになったのです。

 

お金もないくせに必死になってブランドものの服を買いあさっていた理由は僕が満たされていなかったからなのです。

そういえば、『ペルソナ』について書かれた本にこんなことが書かれていました。

 

警察官や消防士、自衛官などのいわゆる制服組の人たちはよく自分が裸になる夢をみるそうです。

なぜ裸になる夢ばかり見てしまうのか。

それは普段から「本当の自分」を制服で隠しているせいだ、と。

 

その本には書かれていました。

本当は弱く、自信がないということを自分自身は知っている。

それを隠すために制服を身にまとう職業を選んだことも自分自身は知っている。

少なくとも、潜在意識は知っている。

 

だから夢の世界では制服を身にまとっていない本来の自分=裸の自分が登場するというわけです。

こうやって考えてみるとああいう職業の人たちも結構、大変なのかもしれませんね。

確かに、給料は高く、ボーナスもきちんと支給されるかもしれないけれど、その代わり、相当精神的にキツイ想いをしているのかもしれませんね・・