もう年功序列も終身雇用も終わってしまったという話

2021年4月28日

 

今となっては信じられないことですが、かつて日本の会社には「終身雇用」と「年功序列」という二本柱がありました。

終身雇用制度があったおかげで真面目に働いてさえいれば、とりあえず定年まで平穏無事に過ごすことができました。

年功序列制度があったおかげで、どんなに格差も広がらず、激しい競争によって身も心もボロボロにならずに済みました。

 

僕はこの2つの制度は、今でも素晴らしいものであると思っています。

もしもこの制度がまだ機能していたのならば、なにもわざわざ僕はリスクを負ってまで脱サラする必要はなかったかもしれません。

 

しかしご存じのとおり、この二本柱はものの見事に崩れ落ちていってしまいました。

そのことがいいことだったのか、悪いことだったのか、まだ歴史の検証はされていません。

ただ、この二大柱を失ったおかげで、日本のサラリーマンの多くが安心して働くことができなくなったことだけは事実です。

 

とにかく真面目に働いてさえいれば、あとは会社が面倒見てくれる。

これほどわかりやすいシステムはありません。

突っ込みどころは満載なようでいて、なかなかどうしてよくできたシステムだと僕は今でも思っています。

 

このシステムがあったおかげで、会社で働く人たちは安心して働くことができたのです。

それほど大金持ちにはなれないかもしれませんが、少なくとも食いっぱぐれることはなかった。

まあ、真面目に勤めてさえいれば、とりあえずは給料はもらえるし、家族を路頭に迷わすこともないんだから、いんじゃね?ってな具合に。

 

このシステムに乗っかってさえいれば、とりあえず何とかなったのです。

おおむね計画どおりに事は進んだのです。

同じ会社の社員は、ほとんど家族も同然。

みんなで和気あいあいと、楽しく生きていくことができました。

 

少なくとも、今のような「格差」はありませんでした。

ところが、それが一変してしまったのです!

 

バブルは崩壊し、冷戦構造が崩れ、アメリカ型の自由主義経済が導入されはじめました。

グローバリゼーションの嵐が吹き荒れ、競争社会が到来しました。

それによって、「終身雇用」と「年功序列」という日本型雇用システムは、一気に終焉に向かっていったのです。

 

それがいいことだったとは僕はどうしても思えないのです。

普通の人にとっては「年功序列」や「終身雇用」があった社会の方が幸せだった

「リストラ」という言葉が当たり前のように使われるようになったのは、いったいいつ頃のことでしょうか?

少なくとも、僕が子どもの頃にはそのような言葉はありませんでした。

 

リストラという言葉が当たり前のように使われはじめると同時に、会社も殺伐とした雰囲気に包まれるようになりました。

同僚は家族どころか、完全に「敵」になり、お互い足を引っぱり合うようになりました。

 

いつの間にか会社は面倒をみてくれるありがたい存在ではなくなり、次第に社員のことを大事にしなくなっていきました。

そういった世の中が到来したことにより、僕たちは将来を不安視するようになりました。

その「不安」は以前の日本にはないものでした。

 

以前の日本は貧しくはありましたし、インフラも整ってはいなかった。

今よりも不便なところもいっぱいありました。

だけど、今のような「不安」を抱える人は、それほどいなかったのではないでしょうか?

 

しかし今は誰もが「不安」を口にします。

うつ病になる人の数もうなぎのぼり。

一時期よりは減ったとはいえ、まだまだ自殺者の数も多い状態が続いています。

 

サラリーマンの世界からドロップ・アウトする道を選んだ僕がこんなことを言うのもヘンな話かもしれません。

でも僕は、普通の人にとっては「年功序列」や「終身雇用」に守られた社会の方が幸せに生きられるのではないかと思っています。

 

僕は不安を解消する方法を「不動産投資」の中に発見しました。

家賃収入を得ることによって、僕は自身の不安を解消することに成功したのです。

だけど、これはあくまでも僕のやり方です。

 

いちばんいいのは不動産投資なんかやらなくたって、不安に苛まれることなく生きていけることです。

 

やっぱり不動産投資にはリスクがついてまわります。

よっぽど上手にやらないと、大変なことになってしまう危険な投資でもありますから。

 

もしも、「終身雇用」と「年功序列」が未だに有効であったならば、僕もわざわざ何億円もの借金を背負って不動産投資をやらなくても良かったかもしれません。

不動産投資でメシを喰ってる人間がこんなことを言うのはヘンな話かもしれませんが・・

 

「雇用不安」は、人を不安にさせます。

ヒットラーが登場したとき、ドイツは失業者であふれ、雇用不安がドイツ中を覆っている時期でした。

 

戦(いくさ)が起こる前というのは、必ず『不安』というものが横たわっているものです。

「雇用の安定」「飢えの不安」「貧しさの不安」「将来の不安」etc・・

いろいろな不安が人びとを狂わせるのです。

 

人間は不安を感じると、冷静な判断力を失います。

非寛容になり、排他的になり、差別が横行します。

余裕がなくなり、暴力事件があちこちで起こるようになります。

 

すべては「不安」が発端なのです。

だから僕は人々にきちんとした『職を与えてあげること』がまず何よりも重要だと思っています。

 

優秀な人ならどんな時代がやって来ようともうまくやっていけるでしょう。

しかし、そうじゃない人にとっては、乱世の世というのはいささかキツすぎるのです。

 

 

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