「愛社精神はいらない」という境地にいたった僕の仕事論を聞いてくれ。

あなたは「会社人間」になってはいないでしょうか?

人生のなかでいちばん大切なことが「仕事=会社」になってはいないでしょうか?

会社人間になると、いつの間にか自分と会社を同一視するようになります。

会社の業績がダウンすればそれはイコール、自分の価値が下がったことになり、会社の業績がアップすればそれはイコール、自分の価値も上がったことになる。

会社の評判が悪くなればなんだか自分が悪く言われているような気がしてくるし、会社の評判が良くなればなんだか自分が評価されたような気がしてくる。

いつからあなたという人格と、あなたがやっている仕事が同一なものなってしまったのでしょうか?

よく考えてみたら、あなたと会社は本来、まったく別の存在なはずです。

それなのにあなたはどこかの時点で、会社と自分は一心同体の運命共同体である。

…という感覚を植えつけられてしまったのです。

こんなことを言うと、「会社に対する忠誠心が足りない!」と怒られます。

「お前には恩義というものがないのか!」と…

ちょっと待ってください!

なぜ、働いている人は会社に忠誠心を誓ったり、恩義を感じたりしなければならないのでしょうか?

労働者は、経営者とただ単に雇用契約を結んでいるだけです。

そこには契約というものは存在するものの忠誠心や恩義というのは存在しないはず。

それなのにどういうわけかこの国では、『給料を払ってくれる主体には、忠誠を誓わなきゃいけない!』という空気がいまだに支配的です。

いったいいつの時代の話をしているのでしょう?

高度経済成長はとっくの昔に終わってしまいました。

バブルも崩壊しました。

ベルリンの壁が無くなり、今はグローバリゼーションの嵐が吹き荒れています。

僕は決して、そのことをもろ手を挙げて歓迎しているわけではありません。

しかし、「会社に忠誠心を誓え」「会社に恩義を感じろ」という考え方にはどうしても賛同できません。

今の会社はむかしの会社とは根本的に違います。

今の会社は従業員をいとも簡単に切り捨てます。

 

まるでロボットのように扱い、使えるだけ使い倒したあと、用済みになったらポイッとゴミ箱へ…

どうしてそんな存在に忠誠心や恩義を感じることができるでしょうか?

従業員は利益を得るための道具じゃないのです!

 

会社にすべてを差し出して小さな箱の中だけで生きる必要なんかない

僕は日本のサラリーマンは本当に真面目な人たちです。

自分たちは明らかに利用され、搾取されているのに、そのことに誰も文句を言いません。

ただ黙って働きつづけ、反乱を起こそうとする人もいません。

それどころか、会社に対して愛情や愛着すら持っています。

自分の好きなことをする時間も、家族と過ごす時間も、すべてを投げうって、朝から晩まで働いています。

 

…僕にはとても信じられない光景です。

「自分と会社は同一のものである」という感覚がなければ、とてもじゃないけどこんなことできません。

でも、よくよく考えてみてください。

あなたが一生懸命、尽くしている会社という存在はあなたとは本来まったく関係のない存在なのです。

あなたは何の因果かたまたまその会社に就職しただけなのです。

「就職すること」って、身も心も捧げることなのでしょうか?

たしかに、その会社からあなたは給料やボーナスをもらっているかもしれません。

でも別の会社に移ったとしても、給料やボーナスはもらえます。

 

別にあなたが今、勤めている会社だけが会社じゃない。

あなたの生活を支えてくれて存在はあなたが今、勤めている会社だけではないはずなのです。

あなたは本来、自由なのです。

あなたは好きなことをやっていいんです。

思う存分、家族と過ごしてもいいですし、趣味に没頭してもいい。

 

何もかもを会社に差し出して、小さな箱の中だけで生きる必要なんかどこにもないのです。

あなたは会社から雇われている「労働者」にすぎない

「うちの会社は○○だから」と言う人がよくいますが、あなたが勤めている会社はあなた自身ではありません。

だから自分が勤めている会社のことを「うちの…」という言いまわしで語るのはおかしいことなのです。

あなたはその会社に「就職」しただけであって、労働者として「雇われている」だけの存在に過ぎないのです。

それが証拠に、もしもあなたが病気になって働けなくなったりしたら、会社はあなたのことをいつまでも雇ったりはしないでしょう。

それなのに会社で不祥事が起こったときにまるで自分の身に起こったことのように振る舞い、身を呈して会社を守ろうとするのはなぜでしょうか?

もしも本当に運命共同体だったならば、たとえあなたが病気になって働けなくなったとしても、たとえあなたがまったく使えない社員だったとしても、あなたと雇用契約を継続するはずです。

あなたは会社に雇われている「賃金労働者」に過ぎないのです。

まずはその現実に目を向けることからスタートしてみましょう!

自分が勤めている会社のことをドライな目で見ることはなかなか困難なことかもしれません。

だけど会社と従業員の関係というのはそういうものなのです。

そこに「契約」というものが存在しているだけの関係なのです。

そして、もしも何らか理由によりその「契約」が解消されてしまったのならば、その時点で「雇う」「雇われる」の関係は消滅してしまうのです。

愛社精神を抱くのは勝手だけど、「所詮、その程度のものだ」という認識だけは持っておいたほうがいいでしょう。

 

会社に勤めなくても生きてゆく方法はいくらでもある!

それに、時代背景のことも考慮しておかなければなりません。

今の会社というのはむかしと違って、従業員の面倒をみたくてもみることができない。…という切羽詰まった状況にあります。

世界有数の大企業でもちょっと会社の業績が下がっただけで、平気で何千人もの従業員をリストラするような時代です。

僕たちはそんなものすごい時代を生きているのです!

 

今はそのような時代なのだという認識をあなたも持つ必要があるのではないでしょうか?

いつまでも『会社人間』である必要なんてどこにもないのです。

愛社精神を持たずに生きることに罪悪感を抱く必要もありません。

会社は星の数ほどあります。

会社勤めじゃない生き方だっていくらでもあります。

あなたがもっと賢くなればお金を稼ぐ方法だっていろいろあります。

お金を稼ぐ方法をあなたが発見すれば、あなたは「仕事」をする必要だってないのです。

僕はいわゆる賃金労働者ではありません。

どこかの会社に雇われ、そこから給料をもらっているわけではありません。

僕はいわゆる「会社勤め」をしているわけではないのです。

 

それでも、こうして家族を養うことはできています。

今の時代、会社に勤めなくても生きてゆくことはできるのです!

雇用主に雇われなくたって、生きてゆくことはいくらでもできるのです。

賃金労働者以外の存在にあなたがなっても一向に構わないのです。

たとえばネットの世界でいえば、ヒカキンは賃金労働者ではありません。

イケダハヤト氏も賃金労働者ではありません。

彼らはどこの会社とも雇用契約を結んでいません。

だけど、立派に生きています。

 

それどころか、愛社精神を持って身も心も会社に捧げて生きる人の何倍も何百倍も稼いでいます。

ついでにいえば、僕の場合、厳密に言えば、働いてさえいません。

どういうことかといえば、僕には『不労所得』というものがあるのです。

収入を得るために労力や手間をかける必要がないのです。

 

それを可能にしているのが僕がやっている『不動産投資』なのです。

いずれにしても、愛社精神を持つ必要なんかありませんし、愛社精神を持っていないからといって、そのことに罪悪感を抱く必要もありません。

今の会社はむかしの会社とは違うのです。

だったら、こちらもむかしとは違う態度で会社と付き合っていってもいいのではないでしょうか?

 

 

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