不動産投資で経済的自由を確立して北海道でセミリタイア生活を送る大家のブログ

サカモトハルキの『僕はこう思う』

サカモトハルキ(映画好き大家さん)。
北海道で5棟74部屋+月極などの大家さんやってる40代ブロガー。
会社経営者。
不動産会社勤務を経て、38歳で経済的自由を確立 。セミリタイア生活へ。
2011年より法人化(法人8期目)
ブログでは「お金」「不動産投資」「人間関係」「教育」などを中心に発信中。
映画と音楽が大好き!
家族と猫とのんびり自由に生きてる小学生男子2人のパパさんです。
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【恋は映画からも学べる!】 とっても大事なことを教えてくれるオススメの恋愛映画10選

2018/11/19
 
この記事を書いている人 - WRITER -
サカモトハルキ
北海道で5棟74室+月極Pの大家さんやってます。会社経営者。不動産会社勤務を経て38歳で経済的自由を確立。セミリタイア生活へ。2010年12月より法人化(8期目)。ブログでは「お金」「不動産投資」「人生哲学」をテーマに発信中。映画大好き!奥さん&中1小4男子(あと猫も)とのんびり自由に暮らしてまーす。
詳しいプロフィールはこちら

映画から恋愛についても学ぶことができると僕は勝手に思っている。

ハッピー・エンドになるせよ、ツライ別れになるにせよ、映画で描かれる恋愛模様は僕たちの日常にも当てはめて考えることができるのだ。

そこで今回は僕がオススメする恋愛映画を特集してみた。

恋愛に悩んでる人はぜひ参考にしてもらいたい!

 

※ネタバレがありますのでご注意を!

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ラ・ラ・ランド

『セッション』で全世界に衝撃を与えたデイミアン・チャゼルが監督をつとめた大ヒット・ラブ・ストーリー。

夢を追いかける人がたくさん暮らす街、ロサンゼルス。

そこは半ば嘲笑気味に「ラ・ラ・ランド」と呼ばれていた(地に足が着いてないという意味)。

女優を夢見るミア(エマ・ストーン)とプロのジャズピアニストになることを夢見るセバスチャン(ライアン・ゴズリング)は、それぞれなかなか夢を手に入れることができずにあがいていた。

そんな二人がひょんなことから出会い、恋に落ちる・・・・というストーリーだ。

映画のタイトル『ラ・ラ・ランド』とは”現実から遊離した精神状態”という意味を持つ。

それはどちらかと言うとバカにしたニュアンスが含まれている言葉だ。

だが、夢を追いかけている人にとって『夢』とはまさに人生そのもの。

それは「現実」よりも大切にしなければいけないものなのだ。

考えてみたら、恋もコレと似ている。

「恋は盲目」という言葉があるとおり、一旦恋に落ちてしまったら最後、それ以外のことは考えられなくなってしまう。

中にはそんなふうに恋におぼれてる人のことをバカにする人もいる。

夢を追いかける人を嘲笑するのと同じように・・・

しかし、それは本当にお笑い種なのだろうか。

夢を追いかけることや、誰かと恋に落ちることはそんなにおかしなことなのだろうか。

僕はそんなふうには決して思わない。

なぜなら僕自身もかつては夢追い人であったし、恋におぼれた経験があるからだ。

そのおかげで僕は幸せを手に入れた。

不動産オーナーとして豊かさを享受し、奥さんと出会うことができた。

それはとてもロマンティックで、エキサイティングな経験だった。

そういう経験ができただけでもラッキーだったと思っている。

確かに地に足が着いてなかったかもしれない。

「頭がパー」と呼ばれるような状態になっていたこともあったかもしれない。

だから何だというのだ!?

それがどうした!

そういうのがまったく何もない人生の方が味気ないではないか。

そんなつまらない人生なんか送りたくない。

『ラ・ラ・ランド』という映画を観て、僕はそんなことを強く思った。

結局のところ二人の恋はうまくいかなかった。

それでも二人は心の奥底では自分たちが選んだことを後悔はしていないと思う。

最後の最後に見つめ合う二人の表情は、そのことをあらわしている。

「夢のために恋を捨てた」と言う人もいるかもしれない。

でもそれは違う。

夢と恋は比べられないもの。

どちらを優先しても正しいし、どちらを優先しても間違い。

どちらを選んだか?ということよりも、『その後、幸せになれたのか?』ということの方が大切なことなのだ。

この映画は普通の恋愛映画とはちょっと違う。

いちばん重要なことは「二人の恋の行方」ではないのだ。

そこに『夢』という問題がからんでくる。

ミアは大女優になるという夢を実現させた。

その結果、セバスチャンと別れることになってしまった。

だけど、セバスチャンはそのことを恨んではいない。

ラストのライアン・ゴズリングのなんとも言えないホッとしたような表情はそれを物語っている。

この感覚は夢追い人でなければわからない感覚かもしれない。

極端な言い方をすれば、たとえ恋が成就したとしても夢をあきらめてしまったり、夢を追いかけることを途中でやめてしまったりした方がツライことになるのだ・・・

セバスチャンはそのことをよく分かっていた。

だからミアが自分を捨てて夢を実現する道を選んだことを祝福しているのだ。

映画のラストの大円団は、その祝福を表現を描いていると僕は個人的には思っている!

 

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勝手にふるえてろ

人気作家、綿矢りさの同名小説の映画化。

中学生の頃から片想いしていた同級生の「一(いち)」と、勤め先で知り合った「二(に)」とあいだで揺れ動く女性の葛藤と妄想をユーモラスに描く。

妄想を膨らませる主人公のヒロインを松岡茉優が演じ、各方面から大絶賛された。

ヨシカは勝手に勝手に初恋の相手との妄想を膨らませている。

この感覚、すごくよく分かる。

僕も片想いだった女の子のことを考えて、「もしかしたら僕のことを好きなのかも・・・」と勝手な妄想をふくらませたことが何度もある。

でも、妄想はあくまでも妄想に過ぎない。

それはやっぱり僕が勝手につくりあげた物語(フィクション)でしかない。

この映画のヒロインもそんな勝手な妄想の中に生きている。

だが、この映画の最大の魅力はそれがシリアスな形ではなく、あくまでもユーモラスに、チャーミングに描かれていること。

もしも本作がよくありがちなドロドロした描かれ方をしていたら、この映画はここまで話題になっていなかったと思う。

『コトの真相』がミュージカル形式で語られる本作最大の見せ場。

あそこの場面も「歌」というライトな形で表現されていた。

そうなのだ。

妄想や勘違いは確かにツライことだ。

そして現実は厳しい。

だからこそ『笑い』って大事なんじゃないか。

すべてをシリアスに、マジに捉えていたら、人生はあまりにも過酷すぎるじゃないか。

本作がなぜ特別なのか。

それは深刻な問題を深刻に描かなかったことである。

そして、ふっと肩の力を抜いたとき、自分のすぐ近くにはありのままの自分を愛してくれる存在がいたりするものなのだ。

でも、それは目に入っていなかった。

存在に気づかなかった。

厳しい現実を突きつけられてはじめて気づくことができたのだ。

要するに『目が覚める』ことができたのだ。

本作のラストにはそのようなさりげない救済が描かれる。

妄想は妄想で終わってしまったかもしれない。

だけど、だからと言ってそれが必ずしも不幸せな展開になるというわけではないということだ。

そこで人生がダメになるとは限らないということだ!

 

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レボリューショナリー・ロード

1950年代のアメリカの郊外の住宅街が舞台。

明るく健全なライフ・スタイルを送る中産階級の夫婦が実は裏ではドロドロした不倫をしていたという衝撃的な内容。

しかも、それは決して映画だけの話ではなく、本当にそういう光景が繰り広げられていたというから驚きだ。

若い夫婦を演じるのは、あの『タイタニック』のレオナルド・ディカプリオとケイト・ウィンスレット。

『タイタニック』のようなロマンティックなストーリーを期待して観ると、とんでもないことになる!笑

この映画も『ブルー・バレンタイン』や『ゴーン・ガール』系の「夫婦で観てはいけない系の映画」に間違いなく属するだろう。

表面的にはどんなに幸せそうに見えても、世間的にはどんなに明るく健全な家庭のように見えたとしても実態はそうではないかもしれない。

夫も妻も裏では何を考えているか分からないし、何をしているのかも分からない。

素敵な家、キレイな庭、安定した職業、二人のかわいい子供たち・・・・・表面的にどんなに満たされていたとしても、それはあくまでも表面上の話なのだ。

いちばん大切なことは『心の底から満たされること』なのだ。

しかし、1950年代のアメリカは男尊女卑がまだ根強い時代。

男は外で仕事をし、女は家を守るもの・・・・・という古い伝統にまだまだ縛られていた。

それゆえに当時の女性たちは不満を抱え、苦しむ人も多かった。

この映画でケイト・ウィンスレットが演じたエイプリルは「女優になりたい!」という夢があった。

ところがレオナルド・ディカプリオ演じるフランクはそのことがさっぱり理解できない。

こんなにいい暮らしができていて、子供もいるっていうのにこれ以上何を望んでいるっていうんだ!!

いつしか二人の心は離れ、お互い違う方を向きはじめる・・・・

こんな風に奥さんを家に閉じ込めているご主人って今もたくさんいると思う。

そういう人はぜひこの映画を観て、改めた方がいいと思う。

手遅れになる前に・・・

確かに豊かな暮らしやステータスといったようなものは大事だと思う。

別に貧乏暮しをすればいいわけじゃない。

だけど、人間というのはそれだけで満足できるわけではないのだ。

素敵な家があれば、それだけでハッピーももれなく付いてくると思ったら大間違いだ。

奥さんにだって夢ややりたいことがあるかもしれない。

それを時代遅れの考え方で否定してしまったら、奥さんは行き場を失ってしまう。

行き場を失った女性は誰かに助けてもらいたいと思うものだ。

そうなったら幸せな家庭は崩壊してしまう・・・

ご主人は奥さんのやりたいことをもっと尊重してあげるべきなのだ。

奥さんは家政婦じゃない。

お掃除ロボットでもないし、保育士でもないのだ。

『レボリューショナリー・ロード』という映画は確かにキツイ映画だ。

夫婦関係の現実ってやつを嫌というほど見せつけられる映画だ。

だけど、いや、だからこそそこから目を背けてはいけないのだ。

結婚すればそれで何もかもうまくいくと思ったら大間違いなのだ。

素敵な家を買い、子供ができれば、それで何もかもハッピーになれると思ったら大間違いなのだ。

 

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そこのみにて光輝く

『海炭市叙景』『オーバー・フェンス』などで知られる函館市出身の伝説的な小説家・佐藤泰志の同名小説の映画化。

函館を舞台に、心に傷を負った男がバラックのようなところで生活する女と出会い、愛を育んでゆく様を描く。

主演の二人は綾野剛と池脇千鶴が演じた。

池脇千鶴の弟を演じた菅田将暉は本作の演技が注目され、のちにアカデミー賞を受賞するまでの大役者に成長してゆく。

監督は『きみはいい子』などで知られる呉美保。

仕事をクビになり、パチンコをやったり飲み歩いたりしながらやさぐれた生活を送っていた達夫(綾野剛)と、家族を養うために昼間は水産加工工場で働き、夜はバーで男に体を売って働くちなつ(池脇千鶴)。

まさに『底(底辺)』にいる二人が出会い、恋に落ちる。

二人は共に貧しさと心の傷を抱え、どこにも行けないどん詰まりの中でなんとか必死に生きようとしていた。

その二人の不器用ながら健気な姿が涙を誘う。

それでも現実はトコトンまで二人を追い詰める。

特にちなつを都合よく手なずけ、不倫関係を続けようとする水産加工会社の2代目御曹司の存在が二人の対比として描かれる。

彼は金もあり、地位もあり、地元の名士としての名誉もある。

素敵な家に住み、家には素敵な奥さんや子供たちもいる。

それなのに彼は「まだ足りない」と言わんばかりに、ちなつを手放そうとしない。

挙げ句の果てに、ちなつが自分の元から離れようとするのを暴力を使ってまで阻止しようとする最低の人間なのだ。

この男が最低ぶりを見ていると、たとえ貧しく、地位も名誉もない二人ではあるけれど、達夫とちなつの方がはるかに美しく、まともであるように見えてくる。

いや、見えるだけではない。

実際に二人はとても美しく、まともなのだ!

達夫は山に関係する仕事に就いていた。

ちなつは海のそばのバラックで生活している。

二人を「海の神」と「山の神」に例えることができる。

そしてちなつの弟は物語をひっかきまわすトリックスター的な存在だ。

そう、スサノオだ!

僕はこの映画にどこか神話めいたものを感じた。

だからラストに二人が海の中で抱き合うシーンがあんなに神秘的なのだ。

恋愛において経済的な問題や地位や名誉といったものはいったいどれくらい影響するだろう。

おそらく現実的な話としては、「お金はあった方がいい」「地位や名誉もあるに越したことはない」という話になるだろう。

誰も好き好んで、苦しい生活になるのが目に見えている無職の男と一緒になろうとはしないかもしれない。

しかし、この映画はそういった俗世間の価値観にまで疑問を投げかける。

本当にそれでいいのか?

恋や愛は本当にそういう価値基準で選んでしまっていいのだろうか?

_____と。

 

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君の名は。

言わずと知れた新海誠監督による大ヒット作品。

東京に暮らす高校生・瀧と飛騨の山奥で暮らす女子高生・三葉が入れ替わるという大胆なストーリーが話題になった。

瀧の声を神木隆之介が、三葉の声を上白石萌音が担当した。

RADWIMPSの主題歌『前前前世』も大ヒットを記録した。

この映画の最大の特徴は男と女が「入れ替わる」というストーリーだ。

この映画で描かれるのは入れ替わりは男女だけではない。

都会と田舎

現在と過去

テクノロジーとスピリチュアル

地球と

etc・・・

いろんなものが『クロス』することによってこの映画は奥深く、よりスケールの大きなものになっている。

いわゆる「セカイ系」と言われるゆえんがこの辺りにあるのではないだろうか。

誰かを強く想う気持ち(あるいは恋心)というのは、もしかしたら宇宙エネルギーにも影響を及ぼすのではないかといったような圧倒的な世界観。

僕と君のあいだにあるものこそがこの世界そのもの・・・・

僕と君がつながっているように太古の昔から現代に至るまですべてがつながっていると感覚。

観終わった後、そんな壮大なスピリチュアルな感慨に耽ってしまうような素晴らしい作品になっている。

 

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パーマネント野ばら

西原理恵子の同名人気漫画の映画化。

監督は『桐島、部活やめるってよ』や『紙の月』などでもおなじみの吉田大八監督。

主演は『Dolls ドールズ』などでおなじみの菅野美穂。

田舎の美容室を舞台に女性たちの恋愛を描く。

「常識的に考えればそうかもしれないけど、それって本当に正しいのか?」という吉田監督お得意の『世界が反転する瞬間』が本作でも見れる!

菅野美穂の演技が泣ける。

傷ついた心を直そうとすることも大切かもしれない。

だけど、それを無理に直そう・正そうとしなくてもいいのではないだろうか。

本作を観て、僕はそんなことを感じた。

たとえ追いかけているものが「まぼろし」だとしても、それがいったい何だというのだ?

_____これは吉田大八監督の他の作品でも共通して描かれるテーマである。

多くの人はそのことを「おかしい」「変だ」「狂ってる」「普通じゃない」と言うかもしれない。

しかし、そうやって本当に突き放してしまっていいのだろうか。

「おかしさ」というのは自分の中にもあるのではないだろうか。

いや、それどころか、その「おかしさ」をそのまま素直に受け入れることができている人の方がある意味、幸福なのではないだろうか。

吉田大八監督作品には必ず『ある一線を越えてしまった人』が登場する。

しかし、ある一線を越えてしまえる人というのは、ある一線を越えられない人にとってはすごく羨ましい存在なのかもしれない。

 

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エターナル・サンシャイン

『マルコヴィッチの穴』や『アダプテーション』といった一風変わった脚本を書くことで人気のある脚本家チャーリー・カウフマンの作品。

今回も恋人の記録を消し去るために記憶除去手術を受けるという突飛な設定が話題となった。

主演は『マスク』などでおなじみのコメディアン、ジム・キャリー。

相手役は『タイタニック』のケイト・ウィンスレット。

恋人が記憶を除去する手術を受けたことを知った男が自分も手術を受けて彼女の記憶を消そうとする。

本当に思い出まで消してしまっていいのか?

たとえうまくいかなくなってしまったとしても・・・

こんなジム・キャリー見たことない!

超イケメン!

もっとこういう落ち着いたカンジの役を演じてほしい。

あまりテンション高い役ばかりやってると、観てるこっちまで疲れてきちゃうから笑

すべての恋愛がうまくいくとは限らない。

そして、恋愛がうまくいかなくなってしまったとき、「あんな人と出会わなければ良かった」と思ってしまう気持ちはよくわかる。

だから、『記憶を消し去ってしまおう・・・』という発想になるのも頷ける。

しかし、もしも本当に恋人との記憶を消し去ることができるようになり、実際にそれが実現したとき、きっとすごく戸惑ってしまうような気がする。

確かに相手とのツライ思い出は消去できるかもしれない。

しかし、相手とのいい思い出までも消えてしまうのだ。

恋愛は悪いことばかりではないはず。

良いことだってあったはず。

その二人の楽しい思い出や幸せな記憶までも消し去ってしまっていいのだろうか?

この映画は恋愛のいろんなことを考えさせてくれる。

 

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あなた、その川を渡らないで

韓国の片田舎で仲むつまじく暮らす結婚76年目(!)を迎えた老夫婦老夫婦の姿を追ったドキュメンタリー。

低予算でつくられた作品であるにもかかわらず、興行動員数は480万人を突破し、韓国ドキュメンタリー映画史上最高の動員数を記録した。

この映画はぜひ結婚しているご夫婦に観てほしい作品。

観終わって僕の頭に浮かんだ言葉はまさにコレだった。

 

何でもないようなことが幸せだったと思う。

 

いつもお揃いのチマチョゴリを着て、今日もおじいさんとおばあさんは手をつないで散歩に出かける。

その姿はとても可愛らしく、ユーモラスだ。

時にロマンティックでもある。

二人の愛があまりにも深すぎて、観てるこっちまで圧倒されてしまうほどだ。

二人の暮らしぶりはとっても貧しい。

しかし、そんなことは二人にとってはどうでもいいことなのだ。

二人の結婚生活はもう76年目。

貧しさなんか今にはじまったことではないのだ。

二人にとって大切なのは、

「君が僕のそばにいてくれること」

「あなたが私のそばにいてくれること」

_____ただ、それだけだ。

しかしながら、そんな二人の何でもない幸せな日常に暗い影がヒタヒタと忍び寄ろうとしていた。

おじいさんに死期が近づいていたのだ。

もう高齢のために手術をすることもできず、座して死を待つだけのような状態になってしまう。

おばあさんは苦しそうなおじいさんの様子をただ黙って見つめることしかできない・・・・

そして、おじいさんは静かに息を引き取ってしまう。

映画のラストはおばあさんがおじいさんのお墓の前で号泣するシーンで終わる。

ここは映画史に残るような感動的なシーンだ。

切なく、苦しく、それでいてとてつもなく美しい・・・

ぜひ夫婦揃って観てほしい作品だ。

結婚とは何なのか?

恋とは?

愛とは?

いろんなことを考えさせられる映画だと思う。

豪華な家とか、高級外車とか、地位とか、肩書きとか、ステータスとか、etc・・・

そういうものは本当はどうでもいいことなのではないだろうか。

君が僕のそばにいてくれること

あなたが私のそばにいてくれること

いちばん大切なこととはそれなのではないだろうか・・・

 

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Dolls ドールズ

言わずと知れた北野武監督作品。

主演をつとめた西島秀俊と菅野美穂の二人はこの映画をきっかけにブレイクした。

北野映画の中でも真正面から『恋愛』を描いたかなり異色な作品だと思う。

離れられない運命の糸によって結ばれた3組の男女を描く。

どの男女にも『狂気』が宿っている。

しかし、そのどれもが美しく、悲しい・・・

恋愛をテーマをしていると言っても、あの北野武がよくありがちな「くっついた、離れた」の恋愛映画を撮るはずがない。

北野武は以前、『あの夏いちばん静かな海』(1991)という恋愛映画を世に送り出している。

こちらも普通の恋愛映画とはまったく違う、独特の世界観を持った作品に仕上がっている。

このオリジナリティー、この作家性こそが北野武の最大の魅力である。

この映画に登場する3組のカップルは、世間一般的には「まともじゃない」と定義されるような人たちである。

しかし、本当に人を愛することって、どこか狂気の領域に足を踏み入れることに近い。

「恋は盲目」という言葉もあるくらいだ。

心の底から恋をしている状態というのはとても「まとも」ではいられないのだ。

僕の人生を振り返ってみてもそう思う。

恋に燃え上がっているときというのは、確かにちょっとおかしなゾーンに入っていたような気がする。

とてもマトモじゃなかった。

『Dolls』で描かれるカップルは、どんどん破滅へと向かってゆく。

それは観ていて本当に痛々しくなってくる。

しかし、実際の恋愛も似たようなところがある。

恋愛というのは最初は燃え上がり、次第に破滅へと向かってゆくものなのかもしれない・・・

 

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ブルー・バレンタイン

『ラ・ラ・ランド』のライアン・ゴズリングと、『マリリン7日間の恋』などで知られるミシェル・ウィリアムズが大恋愛の末に結婚したはずなのに、しだいに冷めてゆく夫婦を演じた話題作。

この映画の最大の特徴は二人が出会い、恋に落ち、ラブラブになってゆく場面と、結婚したもののしだいに恋の熱が冷め、険悪になってゆく場面を交互に観せるという演出。

だから、観てるこちらは陰と陽を行ったり来たりして、しだいに真綿で首を締められるような気分になってくる。

そして最後のクライマックスではズドーン!と突き落とされるような衝撃を受けるのだ。

これは本当に恐ろしい映画である。

結婚する前のカップルが観てもツライかもしれないが、何と言っても結婚した夫婦が観ると、思わず目を背けたくなるような内容かもしれない。

しかしながら、決して目を背けてはいけないのだ。

しっかりと現実を直視しなくてはならない。

これは映画だけの話ではないのだ。

これは僕たちのすぐそばで展開されている話なのだ・・・・

日本では離婚する夫婦は3組に1組と言われている。

アメリカでは2組に1組が離婚すると言われている。

それくらい男女が出会い、結婚し、幸せな結婚生活を維持するというのはむずかしいのだ。

あんなに燃え上がった二人だったのに。

結婚式でみんなの前で誓いを立てたのに。

いつの間にこんなふうになってしまったの?

いったいいつから熱が冷めてしまったの?

どこに問題があったの?

何が原因だったの?

この映画で描かれているのは、そんじょそこらの「ラブ・ストーリー」なんてロマンティックなものではない。

どの夫婦にも起こり得る『リアルな現実』ってやつが描かれている。

だから僕たちは思わず目を背けたくなるのだ。

あまりにもリアルすぎて、あまりに壮絶すぎて、それを直視できないのだ。

主人公の二人は間違いなく僕であり、僕のとなりにいる人だ。

みなさん自身であり、みなさんのとなりにいる人だ。

だからこそ、ツライのだ。

自分を見ているようで胸が苦しくなってくるのだ。

「これは他人事じゃない」

「自分たちにも間違いなく起こり得ることだ」

という気まずさが僕たちの胸を苦しくさせる。

これほど恐ろしい映画はない。

どんなホラーよりも怖い映画である。

この映画は僕たちに問いかけてくる。

 

お前のところは大丈夫??

 

と・・・・

男はいつもロマンチストだ。

それに対して女はいつもリアリストだ。

男は勝手に幻想を抱いて生きている。

自分勝手なフィクションをつくりあげて生きている。

そしてある日、突然女性から現実を突きつけられるのだ。

今まで思い描いていたことがすべて幻想であり、フィクションであったという現実を突きつけられるのだ。

「女心は秋の風」というのが、女性の心の移り変わりを男は察知することができない。

だから、いつ女性の心が変化したのかわからない・・・

しかし、女性の心はいつかの段階で確実に変化してしまっている。

男はそれを知らないのだ。

『ブルー・バレンタイン』はそのことを描いている。

どんなに言い訳をしても、力づくでどうにかしようとしても、それはどうすることもできないことなのだ。

それはどんなに大恋愛のすえに結ばれたとしても関係ないこと。

それはどんなにまわりの反対を押し切って一緒になったとしても関係ないこと。

あまりにも過酷な現実・・・・

あんなに愛し合って結婚した二人だったのに・・・・

二人がラブラブだった頃によくディーンがシンディに歌って聞かせた歌が最後に流れる。

ミルズ・ブラザーズの『人はいつも愛する人を傷つける』(59年)という古いラブ・ソングだ。

それはこんな歌詞だ・・・

 

人はいつだって愛する人を傷つけてしまう

傷つけちゃいけない人を

大事なバラを摘もうとして

花びらを散らしてしまう

 

これから結婚するカップルがいたら、先輩としてこれだけは言っておきたい。

 

結婚は決してゴールじゃないよ!

よーく、憶えておくように!!

 

 

 

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