学歴コンプレックスが辛い人へ! 僕が歩んでいる『学歴のいらない生き方』はいいぞ!という話

2019年3月8日

学歴コンプレックスに悩んでいませんか? 学生時代に勉強ができなかった自分を責めていませんか?

本記事ではそんな人のために学歴コンプレックスを抱く必要がないことを解説しています。

 

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ハルキ

学歴とは無縁の世界で幸せに暮らしたい人、必見です!

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先日、小学校4年生の息子の参観日があったんだけど、そのときに衝撃的な出来事があった。

まわりにいた、ちょっとハイソ感じの真面目そうなお父さんやお母さんと話をする機会があり、たまたま映画の話になった。

 

それで僕が『ラ・ラ・ランドって観たことありますか?』って質問したら、そこにいたお父さんお母さんの7人中6人が「観たことない」と答えたんだ。

僕はびっくりしてしまった!

それで「まさか!」と思って、「ライアン・ゴズリングって知ってますか?」って聞いてみた。

 

そしたら、全員がライアン・ゴズリングを知らなかった、、、、

 

つまり、そういうことなんだ。

これがThis is 平均的日本人なんだ。

彼らは別に特殊な人たちではないと思う。

 

毎日、家族のために真面目に働き、良き父であり、良き母である。

教育熱心だし、行動・言動、何ひとつ間違っていない。

 

だけど僕はそのとき、『言いようのない違和感』のようなものを感じてしまったんだ。

「余計なお世話だ」と言われたらそれまでだ。

 

「別にラ・ラ・ランドを観ていなくたって、ライアン・ゴズリングを知らなくたって生きていける。会社をクビになるわけではない。マイホームが差し押さえられるわけじゃない」

そう言われたらそれまでだ。

 

OK、まったくおっしゃる通り!

100%、正しい。

 

ただ、僕のこのもやもやの正体は何だろう、、、

僕はいったい何に違和感を感じたんだろう、、、

 

ウォーレン・バフェットも知らないし、ライアン・ゴズリングも知らないし、庵野秀明も、大友克洋も、河合隼雄も、デビッド・リンチも知らない、名前も聞いたこともない。

毎日真面目に働き、25日に給料をもらうだけの人生、、、、

 

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ハルキ

「さすがにそれってどうなんだろう、、、」と、ふと思っちゃったんだよね。

 

世の中のことを知らないと、いずれ大きな代償を払うことになる

 

 

マリー・アントワネットは貧困と飢餓に苦しんでる民衆に向かって、「パンがないなら、お菓子を食べればいいじゃない」と発言したことで有名だよね。

なぜマリー・アントワネットは民衆に向かってこんなことを行ったんだろう?

 

こんなこと言わなければ、処刑されることもなかったのに、、、、

こんなことを言わなければ、民衆の怒りを買うこともなく、フランス革命も起こらず、王政は存続し、何不自由なく平穏無事に暮すことができたのに、、、、

 

僕はこの発言は彼女の『本音』だったのではないかと思っている。

本当に心の底から思ったことをただ素直に言葉にしただけなんじゃないかと思っている。

 

マリー・アントワネットは「これを言ったら民衆の反発を買って、それがやがてとんでもない事態に発展してゆくだろう」とは夢にも思わなかった。

いわゆる『想像力の欠如』ってやつだ。

 

彼女は無知だった。

世の中のことを知らなすぎたんだ、、、、

 

では、なぜ彼女は想像力が欠如していたのだろうか?

それは言うまでもない。

 

彼女には「貧困」の苦しみも、「飢餓」の苦しみもわからなかったからだと思う。

 

わからないものを「想像しろ!」と言われても、そりゃ困るよね。

わからないんだから、そこに想像力が働くはずがない。

 

マリー・アントワネットは幼い頃からプリンセスとして大切に扱われ、英才教育を受けてきた。

家庭教師にみっちり指導され、勉強も優秀だったそうだよ。

 

語学にも堪能で、バレエも踊れて、ハープなどの楽器も演奏できた。

すべてにおいてパーフェクトだった!

 

そんな人が庶民の気持ちなんかわかるはずがないじゃないか。

貧困や飢餓に苦しむ人の心なんかわかるはずないじゃないか。

 

どんなに民が貧困と餓えにあえいでいたって、お城にはパンもあれば、お菓子もたっぷりあるんだ。

だから彼女は「パンがないなら、お菓子を食べればいいんじゃないの?」と素直に言ったのだ。

 

それが民衆の怒りを買った、、、、

 

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ハルキ

これは「世の中のことを知らない」ということがいかに大きな代償を払うことになるか、、、、という良い例だと僕は思ってるよ。

 

 

僕は勉強で落ちこぼれだったから、ビジネスの世界へ行くことができた

 

 

さて、ところで僕はなぜマリー・アントワネットの話をしているのだろう?

僕は何を言いたいのだろう?

 

僕は『教育』についての話をしているんだ。

それは学力とはまったく違う教育についての話だよ、、、、

 

僕には二人の子どもがいる。

うちの子どもは通ってないけど、子どもの友達のほとんどは塾に通っているよ。

まだ小学生だというのに、ほとんど毎晩、夜10時くらいまで勉強しているそうだ。

 

勉強熱心なのは大いに結構なことだと思う。

「できることならいい学校に入れたい!」という親心も理解できる。

 

だけど、そこまで熱心に子どもに勉強させて、いい学校に通わせて、何かいいことがあるんだろうか、、、、と、ふと疑問に思ってしまうことがあるんだ。

 

自慢じゃないけど、僕は落ちこぼれだったよ。

子どもの頃からとにかく勉強が大の苦手で、学校の成績も良くなかった。

 

だから僕は勉強以外の分野で活躍できる場所を見つけようと思った。

『学力』というものが一切問われない世界に飛び込んでゆくしかなかったんだ。

 

それが僕がビジネスの世界に飛び込むきっかけになったんだと思う。

だから良かったんだ。

結果オーライだ!

 

もしもあのとき、僕がそこそこ勉強ができる子どもだったら、間違いなくこの幸福は手に入っていなかっただろう。

 

僕は不動産会社で修行を積んだのちに、アパートの大家さんになり、ビジネスの世界に足を踏み入れた。

38歳のときだったよ。

 

僕が飛び込んだビジネスの世界は学力が一切問われない世界だった。

それがとても居心地が良かった。

 

それまで抱いていた学歴コンプレックスが嘘のように吹き飛んでいったよ!

僕はビジネスの世界に飛び込んで救われたんだと思う。

 

そういう学歴が一切問われない世界があるなんて、親も学校の先生も教えてくれなかった、、、、

そういう世界に行けたことは、僕にとって最大の幸運(ラッキー)だった!

 

物事はすべてコインのウラ・オモテだと僕は思っている。

マイナスの裏には必ずプラスの要素があるんだ。

闇の反対側には必ず光があるんだ。

 

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ハルキ

僕は勉強で落ちこぼれだった。でも、そのおかげで僕はビジネスの世界へ行くチケットがもらえたと思ってるよ!

 

 

青春を勉強だけで埋め尽くしてしまっていいのか?

 

 

僕は学力というものに背を向けた。

そのせいで不安定な投資、ビジネスの世界に飛び込まざるを得なかった。

 

それは明らかにリスクだよ。

とてもとても大きなリスクを背負う生き方だと思う。

それは認める、、、、

 

普通の人はそんなリスクを背負ったりしないよね。

背負いたくもないよね。

 

でも、そのリスクを背追ったおかげで僕は自分のビジネスを成功させることができたと思ってる。

その結果、自由とストレス・フリーな生活を手に入れることができたと思ってる。

 

効果と副作用だよね。

マイナスのものを受け入れることによって、はじめてプラスのことが手に入る。

 

これって、人生で学んだもっとも大切なことだよ。

 

小さい頃から塾に通い、勉強漬けの毎日を送る人生もいいだろう。

学校で良い成績を取ることの見返りというものもあると思う。

 

勉強を頑張れば、いい学校に行くことができる。

名門大学を卒業することができれば、その後の人生も安泰だ。

 

就職するときも苦労することはないし、いい会社に就職できれば、高い給料と高いボーナスが約束される。

そういう大企業はきっと福利厚生もしっかりしてるだろうな、、、、

ブラック企業のように労働基準法違反の状態で働かされることもない!

 

だけど、それと引き換えに失うものもあるのではないだろうか。

 

マイナスの裏にはプラスがある。

ということは、プラスの裏にはマイナスがひそんでるということだよね。

 

どんなにいい大学を出て、どんなにいい会社に就職し、どんなに高い年収をもらっても、やっぱりそこには「副作用」もあるし、「マイナス」もあるというのが僕の考えだ。

自然界ってすごくよく出来てるんだよ!

ちょうど、帳尻が合うようになってるんだよ!

 

すべてはコインのウラ・オモテ。

そっちの道を選択したことによって生じる『思いもよらぬリスク』みたいなものがあるんだと思う。

 

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ハルキ

じゃあ、子どもの頃から勉強漬けで、エリート街道を突き進むことのリスクっていったい何だろうか、、、

 

青春は二度と手に入らない!

 

 

はっきり言って、東大は40歳を超えてからでも受験できる。

60代で司法試験をパスする人だっている。

あの欽ちゃん(萩本欽一)なんて、70歳を過ぎてから大学受験をし、今、学生に混じって授業を受けてるというじゃない!

 

とても素晴らしいことだと思う。

と同時に、それって「学力はあとから(歳をとってから)でも、いくらでも取り戻すことはできる」ということでもあるよね。

 

でも青春は違う!

青春時代というのは、あとから(歳をとってから)取り戻すことができないものなんだよ!

 

それは人生の中の、ある一定期間にしか存在しないもの。

その期間が過ぎ去ってしまったあとでは、取り戻すことのできないものなんだ。

 

どんなに寿命が伸びたとしても、青春だけは手に入れることができない、、、、

 

その大切な青春を『勉強』みたいなもので埋め尽くしてしまって、本当にいいんですか?

 

僕はいろんな人に問うてみたい。

とくにお子さんのいらっしゃるパパさんやママさんに、、、、

 

勉強を頑張れば、いい学校に入学できて、いい会社に就職できるかもしれないよ。

でもその後は?

 

人生はその後もずっと続いてゆくんだよ。

東大に入学しようが、一部上場企業に就職しようが、医者になろうが、弁護士になろうが、、、、人生は続いてゆくんだ。

 

僕の同級生に、いわゆる「ひきこもり」になってる人が何人かいるんだ。

改めて言う必要はないかもしれないけど、みんな『おじさん』だよ、、、、

 

みんなもうゆうに40歳超えている。

これを読んでる若い人はにわかに信じられないかもしれない。

 

でも、実際にそういう人っているんだよ。

40歳を過ぎても、社会に出られず、家でずっとひきこもっているおじさんがいるんだよ。

 

しかも、その数は年々増加傾向にある。

それが社会問題化しつつあるんだ、、、、

 

幸いにして今は親も元気だから、彼らを養うことができる。

だけどそれだっていつまで続くかわからないよね。

 

興味深いことに、僕の知り合いのひきこもってる人たちの多くは成績優秀な人が多いんだ。

みんな学歴は高いよ。

 

世間一般で言われるところの、いわゆる「いい大学」を卒業し、「いい会社」に就職した。

そこまでは良かったんだ。

そこまでは順風満帆な人生を歩んでいたんだ。

 

だけど、社会に出てから彼らはつまずいてしまった、、、、

そこから彼らの人生の歯車は狂いはじめてしまったんだ、、、、

 

彼らはまともな社会生活が送れなくなり、しだいに家にひきこもるようになっていった。

彼らは学校時代に勉強ではつまずかなったかもしれないけど、社会に出てからつまずいてしまったんだ。

 

彼らの学校時代の華々しい成績は、社会に出てからは何の役にも立たなかった。

社会に出てからは、学力以外のスキルが求められた。

彼らはその社会からの要望に応えることができなかったんだ、、、、

 

気の毒な話だと思う。

 

彼らは子どものころ、決して僕らと一緒に遊んだりはしなかった。

僕らが公園で泥だらけになって遊んでいるとき、彼らは必死に塾で勉強をしていた。

 

彼らの放課後の過ごし方は、僕たちの放課後の過ごし方とまるで違っていた。

彼らの放課後の時間は友だちと遊ぶことに費やされるのではなく、勉強や習い事をする時代に費やされた。

 

今にして思えば、もうその時からタネは蒔かれていたような気がする、、、、

もしも彼らが僕たちと泥だらけになって遊んでいたら、だいぶ違った人生になっていたんじゃないだろうか。

 

彼らの放課後の時間が勉強をするのではなく、喧嘩をしながらも他者と交わる時間に使われていたら、、、、

 

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ハルキ

もしかしたら彼らは大人になってからひきこもりにならずに済んだかもしれない、、、、

 

 

人生を生きてゆくうえでもっとも大切なもの

 

 

彼らには果たして青春というものはあったのだろうか?

彼らには果たして心休まる時間というものはあったのだろうか?

 

僕がここで言ってることは、決してテストには出題されないものだよ。

でも、とても大切なものだと僕は思っている

 

『人生を生きてゆくうえでもっとも大切なもの』と言ってもいいかもしれない。

 

みなさんのまわりに「高学歴だけが取り柄のまったく魅力のない大人のヒト」っているでしょ?

 

アタマはいいのだが、融通が利かない

上から目線で、朝から晩まで偉そうにしている

人と上手にコミュニケーションが取れない

陰湿で、何を考えてるかわからない

やたらと権威主義的

etc、、、

 

きっとみなさんのまわりにもいるはずだ。

そういう生き方も大変だよね。

 

そういう人に会ったら、ぜひ訊いてみてほしい。

 

「子どもの頃、勉強ばかりしてませんでしたか?」

って。

 

学習塾の机に座って問題を解いていれば、他者と喧嘩したりモメたりすることはないよ。

でもいろんなニンゲンと交わり、コミュニケーションを取ることによって身につく『社会性』のようなものは、問題集を解くことよりも大切なことなんじゃないかな。

 

ヒトは人と交わり、そこでいい想いをしたり、嫌な想いをしたりしながらひとつひとつ何かを学んでゆく。

いっぱい失敗して、いっぱいツラい目に遭って、それでサバイバル能力やコミュニケーション能力を磨いてゆく。

 

それを避けてばかりいたら、もっともっと困ったことになるんだ。

もっともっとツライ想いをしなきゃいけないハメになるんだ。

 

もしもマリー・アントワネットが苦労を知っていたら、きっとあんな発言はしなかったはずだ。

あんな発言をしなければ、処刑されることもなかったはずだ。

 

みなさんも今、いろいろ困りごとや悩みを抱えているかもしれない。

こんなときは『これはとても貴重な経験をしているんだ!』と、どうか前向きに捉えてほしい。

 

それは人が成長するために必要なことなのだ。

一つ上のステージへのぼるための通過儀礼なんだ。

 

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ハルキ

生まれたときから冷暖房完備で、ぬくぬくと純粋培養で育てられたことがかえって不幸を呼び寄せる、、、、ということをおぼえておこう!

 

 

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