【あなたはまだ悩んでいるの?】 僕が見つけた『ホンモノの安定』を手に入れる方法

2019年10月22日

みなさんは自分の預金口座にいくらのお金があったら心の底から安心できるだろうか? 僕はたとえ1億円あっても、2億円あっても、それだけではまったく安心できない。

それは僕が心配性だからだろうか? それともビビり屋だからだろうか? いや、そうではない。確かに僕は自他共に認める臆病者ではあるけれど、僕が現金だけあっても全然安心できないと考えているのには別の理由がある。

 

意外に思われるかもしれないけれど、僕は自分のことを極めて現実主義者だと思っている。僕は間違いなく夢見がちな人間だ子どもの頃からずっと夢想ばかりしていた。

だが社会人になり、世の中のことがだんだんわかってくるにつれて僕は誰よりも現実的な人間になっていった。僕が今、こんなふうに生きているのは僕が誰よりも物事を現実的に考える人間だったからだ。現実的な人間だからこそ、夢を実現させることに誰よりも躍起になった。

 

誰よりも危機感を持っていたらからこそ、僕はサラリーマンという安定を捨てた。会社とか政府とかに頼らず、自分だけの力で生きていける基盤をつくろうと考えた。

僕は宝くじはやらない主義だが、もしも宝くじで1億円当たったとしても、それだけで「人生、あがりだ!」とは考えなかっただろう。3億円当たったとしても考えなかっただろう。この僕の考え方はあまり人には受け入れられないこの話をすると、必ずヘンな目で見られることになる・・・

 

多くの人が考えている本当の意味で安心できる状態と、僕が考えている本当の意味で安心できる状態とのあいだには巨大な溝がある。具体的な話をすると、現金をいくら持っていても、インフレになったらそのお金の価値は目減りしてしまう。

大企業に就職し、その会社の中でどんなに出世し、どんなにたくさんの給料やボーナスをもらったとしても、もしもその会社が倒産したら終わりだ。政府を信用し、「老後の面倒を見てくれるはずだ」と考えたとしても、年金や社会保険制度が崩壊してしまったら・・・?

関連記事

スポンサーリンク

1億円の現金があっても安心できない

僕はもしかしたら悲観的に考えすぎているのかもしれない。実際にはそんなことは起きっこないことなのかもしれない。これから先、20年も30年も相変わらず日本経済は安泰で、勤めてる会社の業績も良く、年金も社会保険制度も大丈夫なのかもしれない。

もしそうだとしたら、僕はとんでもない取り越し苦労をしたということになるだろう。だが、もしもそうじゃないとしたら・・・どうなるだろう? 国債が暴落し、円の価値が下がったら? 物価が上昇し、300円で買えたスタバのコーヒーが1,000円を出さなきゃ買えない時代がやってきたら?

 

グローバル経済の煽りを受けて、それに勤めてる会社がついていけなくなったら?そしてその会社が倒産、解散、M&Aなんかされたら? リストラされたら?

日本は世界でもっとも少子高齢化の進んでる国だ。こんなに出生率が低く、こんなに老人率が高い国で本当に年金制度は破綻しないのだろうか? 本当に健康保険制度は大丈夫なんだろうか?

 

多くの人は現金さえあれば「何とかなる」「大丈夫だ」というようなことを口にする。預金口座に現金がたんまりあれば、それだけで安心できると言う。だからみんな一生懸命働き、せっせと貯金に励むのである。

でも僕は1億円の現金があっても、全然安心できない。2億円あっても安心できない。現金も、会社も、政府も、僕に言わせれば全部、幻想のようなものだ! それは移りゆくものであり、場合によって霞に消えてゆくようなものなのだ。

 

僕がそう言うと、多くの人は目を丸くする。「こいつ、アタマがおかしいんじゃないか?」という顔をする。でも僕は自分のこの考えは間違ってないと思ってる。

年収が800万円だろうが、1,800万円だろうが、そんなことは関係ない。会社の役職が部長だろうが、課長代理だろうが、そんなことも関係ない。そういったものにすがっているようでは、これからやって来る大嵐を乗り越えてゆくことはできないだろう。

関連記事

スポンサーリンク

お金を生み出すシステムを構築しろ

ではどうすればいいのか? いったい何に頼って生きていけばいいのか? まったくお先真っ暗なのだろうか? すがりつける存在はゼロなのだろうか?

そうではない。僕は現実主義者ではあるけれど、悲観主義者ではない。結論から言おう。僕は自分でお金を生み出す以外に方法はないと思っている。『自分』以外に頼れる存在はないと思っている。

 

インフレになろうが、物価が上昇しようが、株価が暴落しようが、勤めてる会社が倒産しようが、年金や健康保険制度が破綻しようが、etc・・・サヴァイヴしていける能力さえ身につければ、恐れることはない。

タワー・マンションの上層階も、高級外車も、高価なブランドものの服も何の役にも立たない。給料やボーナスを払ってくれる会社が一部上場企業だろうが、二部上場企業だろうが、そんなことも関係ない。

自分の身は自分で守るのだ。それ以外に大嵐を乗り切れる方法はない。

 

僕は38歳のときにサラリーマンの世界からドロップアウトした。不動産投資家として生きてゆく決断をしたのだ。それはある意味において自殺行為に近いものがあった。

特にここ日本では「会社員をやめる」という選択をする人はほとんどいない。だから僕はいろんな人から数奇な目で見られた。日本人の集団意識と、それに伴う同調圧力はものスゴイものがある。ついでに言うと、そこから派生する『嫉妬体質』のようなものもスゴイ・・・

 

脱サラ起業して10年近くが経過するけど、僕は今でもそういったものと毎日、闘っている。僕が相手をしているのはものすごく手強い相手だ。彼らは圧倒的な数を誇っている。

少数派はいつも多数派に攻撃される運命にあるのだ。

関連記事

スポンサーリンク

巨大なリスクに対してあまりにも無防備な人たち

でも多数派に所属しているからといって必ずしもその選択が正しいとは限らない。今は日本経済も調子が良く、株価も高く、企業の業績も良好だ。こういう時は誰もが自信過剰になり、冷静な判断ができなくなる。

目の前の数字が良いことに慢心し、その背後に巨大なリスクが潜んでいることをついつい見落としてしまう。

 

間違いなく嵐は近づいてきている。僕たちは巨大なリスクを背負って毎日を過ごしている。そして、そのリスクに対して多くの人はあまりにも無防備なように見える。

きちんと現状認識をして、リスクをヘッジしようと動き出してる人はほとんどいない。「ま、何とかなるじゃない? これまでも大丈夫だったし・・・」

 

突き詰めて考えれば、多くの人が考えていることとは究極的にはコレである。これが彼らの合言葉であり、彼らが拠って立ってるものである。

『これまでも大丈夫だったから、たぶんこれからも大丈夫だ』という現状認識に頼ること。僕の目にはそっちの方がよっぽど非現実的で、夢見がちなものに映る。だが、なぜか僕の方が非現実的で、夢見がちな人間だと思われる・・・僕の方がよっぽど安定しているかもしれないのに、彼らは僕のことを「不安定だ」と言う・・・

 

彼らと僕のあいだには大きな溝があるのだ。もしも宝くじで1億円が当たったら、迷うことなく僕はそのお金で投資用の不動産を一棟(場合によっては2棟)現金購入するだろう。それくらいの大きさのアパートだったら、間違いなく月に100万円を超える家賃収入をもたらしてくれるはずだ。

1億円というキャッシュを銀行に預けておくよりはそっちの方がよっぽど安心できる。もしもインフレになって日本円の価値が下がったとしても、資産を不動産に変換しておけば大丈夫だ。

 

月に100万円を超える家賃収入があれば家族を養ってゆくのにも十分だろう。仮に勤めている会社が倒産したとしても、仮に会社からリストラを宣告されたとしても大丈夫だろう。

だが、おそらく僕の考えに賛同してくれる人は少ないはずだ。1億円というキャッシュをそっくりそのまま不動産に変換してしまおう!なんてことは普通の人は考えない。

きっと多くの人は『老後のために・・・』という名目で預金口座に積んでおくことだろう。  

関連記事

スポンサーリンク

商売人はいつもシタタカ

投資用不動産を購入し、その物件のオーナーになるということは、それはつまり『アパート経営をする』ということだ。それは立派なビジネスだ。

自分のビジネスを持っている人は誰かにもたれかからなくても生きてゆくことができる。誰かに頼らなくてもいいし、誰かにすがりつかなくてもいい。商売人はシタタカだ。いつの時代も商売人はシタタカだった。

 

僕に言わせれば、商売をしている人間は実はいちばん安定している。世の中の変化に敏感で、いち早くその変化に適応することができる。ところが家でも学校でも子どもたちに「商売人にだけはなるな!」と教える。

自分で事業を営むことは、とんでもなく愚かなことだと教える。自分で商売をするよりも、一生懸命勉強して、いい大学に入って、いい会社に就職した方がいいと教える。その就職した会社に一生骨を埋め、定年まで真面目に勤め上げることが「いい人生なんだ!」と教える。そしてその会社から給料とボーナスをもらい、「余ったお金を銀行に預金しろ!」と教える。

 

投資や商売をする人間は、いつの時代も悪者扱いだ。ここ日本で脱サラして投資や商売をやって家族を養うという生き方は「いちばんやってはいけないこと」なのだ。僕はそのいちばんやってはいけないタブーを犯したということになる。

だけど、どうだろうか? そのタブーを犯した人間(つまり僕)は、果たして苦しんでいるだろうか? 将来に対して不安を抱いているだろうか? まったく逆だ!

 

うちの会社はおかげさまで黒字だ。内部留保も毎年積み上がっていっている。余ったお金は繰上返済にまわすか、次の物件の頭金に使用される。そうすることによって、よりキャッシュフローが良くなり、事業が安定する。

僕が会社から受け取ってる役員報酬は、今はまだエリート・サラリーマンがもらっている年収より低いかもしれない。だが、それも時間の問題だ。そう遠からぬ未来に、僕の役員報酬は必ず彼らの年収を追い越すだろう。今みたいに僕が稼いだお金を「生きたお金」に変換し続けているかぎり・・・

『複利のパワー』はスゴイのだ! 

 

投資や商売は希望そのものだ。それは幸福をもたらしてくれる存在だ。それは安定をもたらしてくれる存在だ。 僕は豪華客船の船員になりたくはない。自分で自分の船を操縦し、行く道を自分でコントロールしたい。いわば僕は『船長』になりたいのだ!

僕たちは主体にならなければならない。自分で操縦桿を握って、自らの手で自分の人生を仕切れる存在にならなければならない。会社とか、政府とか、その時々の経済状態にカンタンに影響を受けてしまうような立場にいてはダメだ。雇われる側ではなく、誰かを雇う側にまわらなければいけない。

 

そんな立場はちっとも安定なんかしていない。安定しているように見えるかもしれないが、それは「そう見えるだけのこと」なのだ。

『凪』の状態は危険だ。それは嵐の前触れなのだ。凪の状態に慣れきってしまってる人は、いざ「変化」が訪れたときにはじめて弱さを露呈する。そしてその変化が訪れたときになってはじめて、自分たちが頼りにしていたものが実はまったく頼りにならないものであった・・・ということを痛感する。

今から準備しておこう! 「変化の波」はそう遠くない未来に必ずやってくると僕は確信している。

 

 

タモリさんはこんな言葉を残しています。

 

お金は持たなくても俺、信用があるから大丈夫ですよ。

 

 

 

スポンサーリンク

 

 

スポンサーリンク

こちらの記事もよく読まれてます!