【社会に出たら学歴なんか関係ない!】成績の悪さを気にしている人に知っておいてもらいたい7つのコト

2019年3月25日

今、いろんな人がさまざまな悩みを抱えていると思います。ひきこもりやニートになる人の数も増加の一途をたどっています。うつ病をはじめとする心の病にかかる人も大勢います。

あなたもいろいろな悩みを抱えて、にっちもさっちもいかない!という状態におちいっていませんか? 僕もかつては「悩み多き人」でした。でも今は信じられないくらい幸せな毎日を送ることができています。

 

なぜ僕はそういう風に逆転することができたのでしょう? 今回はその辺りのことについて書いてみたいと思います。

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「学力」は人間に備わった能力の一部でしかないんだぜ

僕はものすごく勉強ができなかったんです。笑っちゃうくらいに。いわゆる「落ちこぼれ」ってやつですね。そのことで僕はものすごく苦労しました。

司馬遼太郎もそんなようなことを言っていたと思うんだけど、日本は今も昔も「学歴社会」ですよ。やっぱり勉強ができたヤツや、資格試験か何かに合格できたヤツから順に「いい想い」ができるシステムになっている。

そいつがどんなに能力のないヤツであっても、そいつがどんなに人間的に問題のあるヤツであっても「勉強ができる」という一点だけで全部チャラになっちゃうところがある。それを良しとする人も中にはいるけど、僕はそういう社会ってすごく怖い社会だと思う。滑稽でもあります。

動物の世界には勉強なんてありません。「学力」なんて人間に備わった能力のほんの一部分でしかない。それなのに、その一部分が秀でてるヤツだけが就職にしても、結婚にしても、お金の面でもいい想いができる。それってすごく恐ろしいことだと僕は思うのです。

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僕は勉強ができなくて本当に良かったと思っているぜ

僕は勉強ができなくて良かったと思っています。落ちこぼれで良かったと思ってる。何も開き直ってるわけじゃありません。僕は救いようのないくらいに勉強ができなかったから、「そうか、オレは勉強に向いてないんだ」ということに気づくことができた。

勉強の分野で活躍できないということがわかったらどうする? 自分が活躍できる違う分野を探すしかないでしょ! だから僕はそれを探した。そして、見つけた!

 

僕が今やってる「不動産」「ネット」という分野。この分野だったら、勉強のできるヤツよりもオレの方がうまくやれると思いました。だから僕はその世界へ足を踏み入れた。その結果、今なんです。

だから僕は自分が勉強ができなかったこと、そしてそのことで散々苦労したことが全然無駄じゃなかったと思っています。

 

自分の身に起こってることって必ず何らかの意味があるんです。逆に言うと、意味のあることしか起こらないようになっている。その起こってることの中に、すべての問題を解くカギが眠っているんです。でもほとんどの人がそのことに気づかない。

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悪いことは必ずしも悪いことじゃないんだぜ

うちのオヤジはもう70歳になります。いわゆる団塊の世代です。オヤジが生まれた時、日本は終戦直後の焼け野原でした。何にもなかった。

当然のことながら、食べるものにも着るものにも住むところにも苦労した。ボトムもボトム・・・最低のラインからのスタートですよ。だけど、そのボトムから少しずつ少しずつ日本は復興していった。だんだん生活は豊かになっていった。

 

そして高度経済成長があり、バブルがあり、その後いろいろなゴタゴタがあったけれど、うちのオヤジたちの世代は今、いわゆる「豊かな老後」を迎えることができている。年金も満額もらえて・・・

ところが僕や僕より下の世代の老後はどうなるだろう? きっと今の団塊の世代が迎えている老後とはまるっきり違ったものになるはずです。きっと年金も満額はもらえないでしょう。いやそれどころか、その頃には年金制度そのものが破綻しているかもしれません。

 

僕は何を言いたいのか? その時その時が「最悪」だったり「最低」だったりしたとしても、それがずっと続くかどうかもわからないし、そのことが必ずしも人生に悪い影響を与えるわけではないということです。

 

僕は間違いなく勉強ができなかったおかげで、今、こうして自由で幸せな毎日を送ることができています。僕がもしも中途半端に勉強ができる人間だったりなんかしたら、間違いなく僕は今でも会社のために朝から晩まで働くような生活を送っていたことでしょう。

とてもじゃないけど「ビジネスの世界に生きる」なんて発想にはならなかったはずです。

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幸せの基準って人それぞれ違うもんなんだぜ

団塊の世代もスタートの段階は貧しかったけれど、その後、ずっと右肩上がりです。そして今、人生のエンドラインを迎える段階に来て、豊かで恵まれた状態で最期を迎えることができる。

この70年間、日本は平和で、豊かで、エキサイティングで、そして世界で最も幸福な国だったことは間違いありません。うちのオヤジの世代はそのすべての恩恵を受けて、今、フィニッシュしようとしているのです。それはとてもハッピーなことだと思います。

 

今、自分に起こってることをただただ嘆くだけの人は、おそらくこの辺りのことをまったく理解していない。食べるものにも着るものにも困っていた時代を知ってるオヤジたちにとって、iPhoneやMac Book Air、Amazonなんかがある今の世の中はまさに「天国」のように感じられるのではないでしょうか?

 

下手に平和で豊かな時代に生まれちゃった若い人の方が逆に今、苦しい想いをしている。なぜ今、多くの若者たちが希望を持てなくなっているのか? なぜこんなにもたくさんニートやひきこもりになる人が多いのか? そして、心を病む人が多いのか? 僕には何となくわかるような気がするんです。

まわりがあまりにも豊かで、便利で、平和になりすぎちゃったから、余計に自分が不幸に思えちゃうんです。まわりが自分と同じように貧しく、満たされていなかったら、こんなに不幸を感じずに済んだかもしれない。

 

「東大には入れなかったから」という理由でうつになったり、自殺したりする人もいるそうです。東大を受験するぐらいなのですから、きっとそれなりの大学に行こうと思えば行くことができたはずなのです。

それなのにその人にとっては「東大に入れなければ意味がない」という風に考えたわけです。そしてそのことによってものすごく苦しんでいる・・。僕みたいな落ちこぼれにとってはそれは信じられないことです!

 

大学なんてどこでもいいじゃねぇか。問題は大学を卒業した後どう生きるかだよ。僕はそう思っているし、たぶん僕の方が正しいと思います。でもその人はそう考えないんです。東大に合格できなかったってことが人生のすべてを決めてしまうことなのです。

何が幸せなんだろう? どういう状態が「幸せな状態だ!」と言えるんだろう?

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自分が活躍できる分野を探そうぜ!

僕は勉強ができなかったから、商売の世界でやっていくしかなかった。足の遅い子がいくら足腰を鍛えたってダメなように、持って生まれた才能やセンスというものは必ずあるんです。でもその足の遅い子も、絵の才能はあるかもしれない。音楽の才能はあるかもしれない。

 

僕も勉強はできなかったけれど、いささかなりの『商才』みたいなものはあったみたいです。ビジネスの世界はご存知のように非常に厳しい世界です。勉強ができるだけでは成功できない世界なのです。そんな厳しい世界でどうにかこうにか黒字を出し続けられていることを見ると、僕にはどうやら「そっちの方の才能」があったみたいです。

 

でも苦労はいっぱいしました。借金もいっぱいしましたし、ビジネスが起動に乗るまでは「いつどうなるかわからない・・・」という不安とプレッシャーに押しつぶされそうでした。その苦労はいい大学を出て、いい会社に就職した人は決して味わうことのない苦労です。でも僕の場合、その苦労も楽しめました。

借金が3億円を超えても、「3億も借金をするなんて、滅多に経験できることじゃないぞ」と、その状況をどこか楽しんでる自分がそこにいました。

 

商売をやる人ってどこかおかしいんです(笑) 逆におかしくなきゃとてもじゃないけどやっていけない・・・

3億円以上の借金ですよ! 冷静に考えたら、とてもじゃないけどそんな借金背負えませんよね? でも僕はやったんです。商売をやる人間はやるんです!やっぱり、どこかおかしいんだと思います(笑)

 

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