【若者よ、大いに悩め!】「あちこちに頭をぶつけることは悪いことじゃない」と僕が思うワケとは?

2019年4月22日

自分の進路について悩んでる学生さんとかって結構多いと思う。社会人になったって「将来どうしていったらいいんだろう?」という悩みを抱えている人は多いのだ。

まだ社会に出た経験のない若い人が進路について悩むのはちっともおかしなことではない。むしろ普通のことだ。僕も若い頃はさんざん悩み散らかしたクチだ。

 

そんな僕が進路について悩んでる若い人にアドバイス的なものを送るとしたら、こういう言葉になるだろう____大いに悩め!『自分にとっての最善の道』なんてものはそう簡単に発見できるものではない。「これがオレの求めていた職業だ!」なんてものを見つける人はほとんどいないんじゃないだろうか。

だから結論なんか出なくて当たり前なのだ。不安で眠れない夜を過ごすことが普通なのだ。若いうちから「オレはこれでいいんだもんねー!」ってな具合に、居心地のいい場所を発見できてしまってるヤツの方が僕はヤバいと思っている。

よほどの天才でもなければ、そういう『天職』とか『最善の道』とか『これだ!という人生』なんてそうそう発見できるものではないのだ。

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モラトリアムは大事な期間

将来成功をおさめる人のほとんどは若い頃、いろいろ悩んでいるものだ。マーク・ザッカーバーグのように若くして成功をおさめる事業家もいるにはいるが、そういう人は『まれびと』の部類に入る。自分がザッカーバーグみたいに若くして億万長者になれそうもないからといって、自分の人生を悲観する必要なんかこれっぽっちもないのだ。

『モラトリアム』も大いに結構だと僕は思う。社会に出てもまれることで勉強になることもたくさんあるけど、なるべく社会に出る時間を「先送り」するのも悪い選択ではないと僕は思っている。

 

大学院に進むなり、留学をするなり、ボランティア活動をするなり、大義名分は何だっていい。その『猶予期間』は決して無駄にはならないだろう。結論が出ず、いろいろ思い悩む時間というのは非常に貴重な時間なのだ。そこからいろいろなものが生まれてくる。

卒業証書をもらって、新卒一括採用よろしくリクルート・スーツに身を包み、みんなと一緒に「せーの」で社会に出るだけが人生じゃない。いろんなオルタナティブがあってもいいはずなのだ!

 

社会に出てからだって、「あっちかな?」「こっちかな?」といった具合にあちこちに頭をぶつけることは決して悪いことではない。あっちに行ってみて失敗し、こっちに行ってみて挫折する・・・それを繰り返してゆくうちに必ず人は何かを学ぶ。

だんだん洗練されていき、人間が磨かれてゆく。経験値が増え、洞察力や識別眼のような身についてゆく。ガツン!と頭を殴られたこともなく、スルスルっと一直線に生きてゆくだけがいい人生じゃないのだ。

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若い頃の七転八倒は通過儀礼

僕の20代30代も『ぐちゃぐちゃ』だった。悩み、苦しみ、いっぱい失敗し、たくさん汗をかいた・・・先が見えず、将来が不安で、不眠症に悩み、「この先、オレの人生はいったいどうなっちゃうんだろう?」といつも考えていた。

でも40代半ばの年齢を迎え、自分の会社を持ち、おかげさまで事業の方も安定飛行に入った。そんな今、僕が思うこと。それは『ぐちゃぐちゃの20代30代を過ごして、本当に良かったな!』という想いである。

もしも僕があちこちに頭をぶつけることなく、若いうちからスルスルっとラクに人生を生きてきたならばどうなっていただろう・・・? 間違いなく、この自由や豊かさは享受できなかったであろう。

 

悩むことはいいことなのだ。どうか悩んでる自分自身のことで悩まないでほしい。悩むことは苦しいかもしれないけれど、その苦しみは無駄ではないのだ。いつか飛躍するために必要なこと。

ある種の『通過儀礼』のようなものなのだ! 大いに悩んで、いろんなことを経験してすればいい。転職してもいいだろうし、起業してもいい。その自分が選んだ先々で魂を燃やし尽くすほど全力で物事に取り組んでみてほしい。そうすればきっとうまくいく。

 

いちばん重要なことは、ガツン!と頭を殴られるような経験をするなら、しっかりと殴られた方がいいということだ。失敗するなら、思いっきり失敗した方がいい。悩むんだったら、とことん悩んだ方がいい。その方が絶対に身になる!

中途半端がいちばん良くない! 精一杯生きてる人には必ず勝利の女神は微笑んでくれるはずだ。

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