幸せとはお金の心配をすることなく、朝からゆっくりのんびりできる状態のこと!という話

2019年5月19日

僕は「お金がなくても幸せになれる」という清貧の思想もあまり好きではない。かと言って、「お金さえあれば、他はどうでもいいんだ」的な価値観にも与(くみ)したくない。

 

資本主義の世の中で生きてゆく以上、やはりお金は必要だ。この世の中でお金を否定して生きてゆくことは、やっぱりハッピーじゃない。いろんなイデオロギーや、いろんな宗教がお金のことを悪く言ってるのは知っているけど、やっぱりハッピーじゃない。

貧乏でも心が幸せであれば・・・という考えは危険だ。僕も一時期、その思想にかぶれたこともあったけれど、ちっともハッピーではなかった・・・

 

一方において、お金さえあれば・・・という考えも危険だ。それはそれでかなり極端な考え方であり、かなり問題があると思っている。この思想にかぶれてしまう人もたくさんいる。僕もこれまでの人生の中でいっぱい見てきた。

お金を得ることだけが人生のすべてになってしまってる人、お金に目がくらみ、まわりが見えなくなってしまってる人、お金はあるけど、人間としては最低・最悪な人、etc・・・きっとみなさんのまわりにもいるはずだ。

 

いくら「この世は資本主義社会だから」と言ったって、ものには限度というものがある。四六時中、お金のことしか考えてない人生というのも、それはそれで不幸だ。それはお金の奴隷になってるだけに過ぎない。

本人はお金をコントロールしてるつもりでいても、実際のところは知らず知らずのうちにお金にコントロールされちゃってる。お金に人生を支配されちゃってる・・・こういう人もかなりたくさんいる。

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金銭的な豊かさと心の豊かさ

僕は自分でも欲深い人間だと思う。僕はお金も欲しかったし、心の豊かさも欲しかった。そのどちらも追い求めてきた。この二つを同時に手にするにはどうしたらいいだろう?と、いつも考えていた。

お金だけあってもダメ。心の豊かさだけあってもダメ。両方が揃ってはじめて実現するのが幸福な状態だと僕は思った。多くの人はどちらかを追い求める。だからバランスが悪い状態のまま生きることになる。

 

バランスを欠いてるものだから、なんか調子が悪い・・・。なんだか毎日、あまりハッピーではない・・・。いつも満たされず、「なんか違うんだよなぁ・・・」という違和感だけがつのってゆく・・・僕が追い求めていたのは、その二つを足して2で割ったものだった。

それは非常に狭いストライク・ゾーンだった。

僕はお金の心配をしなくてもいい状態に憧れた。かと言って、億万長者になりたい!とも思わなかった。僕は朝からのんびりできる自由な時間が欲しかった。そのためにはお金の心配をしなくてもいいくらいの収入を確保する必要があった。

 

一方で、ストレスいっぱいのサラリーマン人生からも卒業する必要があった。本当の意味での『余裕のある暮らし』だ。僕が求めていたのは!

先ほども述べたとおり、僕は甚だ欲深い人間だと思っている。かなりの野心家だし、「もっと上へ!」という上昇志向も人一倍強い。しかし、それでも僕は『大きすぎる野心は時には命取りになる』ということも知っている。

それは僕がこれまでの人生の中でたくさん失敗してきたからだ。その失敗を通じて学んできたからだ。

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心の豊かさだけあってもハッピーには生きられない

僕は清貧の思考を説くつもりはない。仏教の教えの「足るを知る」という思想にかぶれてるわけでもない。しかしながら、人間の欲望には際限がないということも知っておいた方がいいだろう。それを知らなかったがために、奈落の底に落ちてしまう人もいっぱい見てきた。

本当は年収1,000万円でも十分に豊かでハッピーに暮らせたのに、ついつい欲を出して年収1億円を目指してしまう・・・。そして無理してがむしゃらに働いて、結果的に心とカラダの健康を害し、人生を棒に振ってしまう・・・。キレイな奥さんと結婚したのに、己の欲望に勝てず、女性問題でキャリアを台無しにしてしまう・・・etc

 

そういう風に大きすぎる野心や強すぎる欲望のために人生を踏み外してしまう人は意外に多い。だからと言って、野心がまったくない・・・というのも困る。

「年収200万円でもいいや」「出世なんかしなくてもいいや」という上昇志向のまったくない人間もヤバい。

 

女性問題で家庭を壊すのも問題かもしれないけれど、女性にまったくモテず、結婚もできず、1人淋しく孤独のまま死んでゆく・・・というのもやっぱり不幸なのではないだろうか。

年収200万円でも、女性にモテず、ひとりぼっちでも『心の豊かであれば、それでいいではないか!』というようなことを言う人もいる。

本当にそうだろうか?

 

無人島やジャングルで生活をしているというのなら話は別だが、僕たちのまわりにはスマホがあり、給与明細書があり、カップ・ヌードルがあり、レッド・ホット・チリ・ペッパーズのCDがある・・・そんな資本主義社会において、心の豊かさだけで本当にハッピーに生きられるだろうか?

キンキンに冷えたビールがあれば、喉の渇きを癒すことができる。しかし、そのキンキンに冷えたビールはタダでは手に入らないのだ。スーパーなり、コンビニなりに行って、購入しなければいけないのである。つまり、『お金』が必要なのである。

 

心の中でどんなにキンキンに冷えたビールを想像したとしても、実際にキンキンに冷えたビールが目の前に現れるわけではない。そのキンキンに冷えたビールを購入できるだけのお金が天から降ってくるわけでもない。

どんなに心の中で理想の女性を想像したとしても、実際にその女性に触れられるわけではない。その女性と付き合えるわけでもないし、その女性と結婚できるわけでもない。やっぱり、『心が豊かであれば・・・』という思想にも矛盾があるのである。

 

僕は30歳ぐらいのときにそのことに気がついた。それで「お金だけあってもダメ」だし、「心が豊かなだけでもダメ」ということがわかった。それで「その両方を手に入れるにはどうしたらいいだろう?」と真剣に考えた。

そして、いろいろ探しまわった。探して探して探しまくった。その結果、僕は『不動産投資をやって不労所得を得る』という方法を発見した。

 

不労所得が得られれば、会社に行って働かなくても収入が得られる。物件の数を増やし、規模を大きくしていけば、さらにお金持ちにもなれる。お金と心の豊かさの両方を手に入れることができる! それこそが僕が追い求めていたことだった。僕が理想としていた生き方だった。

そんなこんなで僕は不動産会社に転職し、修行を積んだあと、38歳のときに専業の不動産投資家になった。あれから10年近くの歳月が流れている。

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幸せに生きるコツはバランスだ!

今、僕はすごくハッピーだ! 確かに億万長者ではないかもしれない。でも働かなくても僕の元にはお金が入ってくるのだ。ノルマもないし、満員電車もないし、サービス残業もない。職場の醜悪な人間関係とも無縁だ。何のストレスもない。

僕がこんな風にハッピーに生きることができるのは僕が何かの才能に恵まれていたからではない。いささかの『運』と、ハッピーを引き寄せる『考え方』をしていたおかげだ。そういった意味では僕はすごくラッキーだった。

 

別に勉強ができたわけでもないし、仕事の成績が良かったわけでもない。僕よりも学歴が高く、僕よりもはるかに営業成績が良かった連中よりも、僕はハッピーな毎日を送っている。それには『お金』と『心の豊かさ』の両方をバランス良く追い求めたからだと思う。

お金だけあってもダメだし、心の豊かさだけあってもダメだ。片方だけ手に入れていても、もう片方が抜け落ちていたら、やっぱりダメだ。ぜひ、みなさんにもこの両方を同時に追い求めることをオススメする!

 

どちらも大きすぎず、小さすぎず。どちらも多すぎず、少なすぎず。絶妙なバランスと配分を追い求めるのだ。そうすれば、きっと幸福に近づくことができる!

僕の考える幸福とはその絶妙なバランスと配分の中に存在している。僕が言ってることの意味、わかってもらえるだろうか?このニュアンス、伝わるだろうか・・・?

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